はじめに
もしご両親やご親族にギャンブル依存症の方がいると、「自分もいずれそうなってしまうのではないか」と不安になることはないでしょうか。実際、家族に依存症の人がいると、その影響を心配する声は少なくありません。ギャンブル依存症は遺伝するのか? 本記事ではこの疑問に答えるべく、遺伝的要因と環境的要因の両面からリスクを科学的に解説します。最新の研究結果を交え、遺伝による影響の大きさや幼少期の環境が与えるインパクトについて見ていきましょう。「家族に依存症者がいるから自分も必ず依存症になる」というわけではありませんが、リスクが高まるのは事実です。
その一方で適切な対策によってそのリスクを下げることも可能です。本記事では、家族歴がある人が自分自身を守るためにできる予防策についても具体的にアドバイスします。専門知識はできるだけかみ砕いてお伝えしますので、不安を抱えている方もぜひ読み進めてみてください。
遺伝的要因がもたらす影響とは
結論から言えば、ギャンブル依存症になりやすいかどうかには遺伝的な素因が確かに存在します。専門家によれば、家族や親しい友人にギャンブル問題を抱えている人がいる場合、本人もギャンブル依存症になる可能性は高くなると指摘されています¹。実際、双子を対象とした大規模な研究では、ギャンブル依存症の発症リスクのおよそ半分は遺伝要因によって説明できるという結果が報告されています²。この「遺伝率約50%」という数字は、アルコール依存症など他の嗜癖行動と同程度であり、ギャンブル依存症が決して本人の意志の弱さだけで起こるものではないことを示唆しています。
家族にギャンブル依存症の人がいる場合、その遺伝的影響は具体的にどの程度リスクを高めるのでしょうか。研究の一例では、ギャンブル依存症患者の第一親等の親族(両親・兄弟姉妹)は、親族に依存症者がいない人と比べて約3倍もギャンブル依存症を発症しやすいというデータがあります³。別の調査でも「問題ギャンブラーの近親者では約20〜30%にギャンブル問題が見られた」という報告があり、この数字は一般人と比べて明らかに高率です³。要するに家族歴(血縁者に依存症者がいること)はギャンブル依存症の有力なリスク要因なのです。
さらに、依存症全般に目を向けると、家族内で複数の種類の依存症が併発するケースも珍しくありません。例えば、ギャンブル依存症の方の家族を調べた研究では、親の世代でアルコール依存症や薬物依存症を抱えているケースが多いことが指摘されています⁴。これは「依存症になりやすい体質・気質」が遺伝し、それが形を変えて表れる可能性を示唆します。ギャンブルに限らず、アルコールや薬物など快感を伴う行為への脆弱性が家系的に受け継がれることがあるのです。
では、具体的にどんな遺伝的特徴がギャンブル依存症に関係しているのでしょうか。近年の分子生物学的な研究からは、脳内で快感を生み出す神経伝達物質(ドーパミンやセロトニン)の調節に関わる特定の遺伝子に注目が集まっています。例えばMAO-A(モノアミン酸化酵素A)遺伝子はドーパミン・セロトニンの分解に関与する遺伝子ですが、この遺伝子のある変異型を持つ人はギャンブルによる興奮や快感への依存が起こりやすい傾向が報告されています⁵。また興味深いことに、この遺伝子的特徴は男性に多く見られ、ギャンブル依存症が男性にやや多く発症する一因ではないかとも考えられています⁵。もっとも、こうした個別の遺伝子の影響はそれ単体で「依存症の原因」となるわけではなく、複数の遺伝要因が重なり合って全体的な「なりやすさ」を形作っていると考えられています。
環境要因が与える影響とは
遺伝だけで全てが決まるわけではないのもまた事実です。同じ家庭に育ちながら兄弟でギャンブルへののめり込み方が全く異なるケースもあります。ここで重要になってくるのが環境要因です。環境要因とは育った家庭環境や周囲の文化・人間関係など、生まれてから身を置く状況全般を指しますが、ギャンブル依存症の場合、この環境面からの影響も見逃せません。
まず幼少期の家庭環境が大きな鍵を握ります。例えば、親が日常的にパチンコや競馬などのギャンブルをしている家庭では、子供は幼い頃からギャンブル行為を身近に目にすることになります。幼少期にギャンブルに触れる機会があると、成長後にギャンブル行動に走る可能性が高まることが指摘されています³。実際に「祖父母や親に連れられて幼児期からパチンコ店に出入りしていた子供が、成人後にギャンブル依存症になった」という報告もあり、家庭内でギャンブルが身近であることは一種の「教育」となってしまうのです。また、ギャンブルを肯定的に捉える文化や環境で育つこともリスク要因です。身の回りの大人たちが皆ギャンブルを娯楽として当たり前のように楽しんでいると、子供はそれを異常と思わず育ちます。
さらに、家庭内のストレスや人間関係の問題も見過ごせません。ギャンブル依存症の親を持つ家庭では、しばしば経済的困窮や夫婦間の争い、場合によっては育児の放棄や虐待など深刻な問題が生じることがあります。そうした不安定な家庭環境で育った子供は、心の傷やストレスを抱えやすくなります。結果としてストレス解消の手段としてギャンブルに走ってしまうことも考えられます。「親のギャンブルで家庭がめちゃくちゃになった」という辛い経験をした子供が、そのストレスから逃れるために自らもギャンブルにのめり込んでしまう――悲しい連鎖ですが、現実に起こり得るのです。
このように、遺伝的な素因に加えて育つ環境が掛け合わさることで、ギャンブル依存症になるリスクは大きく変動します。例えば遺伝的にリスクが高い人でも、厳格な家庭で幼少期からギャンブルと無縁に育ち、周囲にもギャンブルをする友人がいなければ、一生問題なく過ごせるかもしれません。逆に、遺伝的素因がそれほど高くなくても、ストレスフルな環境に置かれたり、成人後にストレスや孤独をギャンブルで紛らす習慣を身につけてしまった場合、依存症へ進む可能性があります。言わば「遺伝子が銃を用意し、環境が引き金を引く」とも表現されますが、どちらか一方ではなく両者の相互作用こそがギャンブル依存症発症のカギなのです。
世界保健機関(WHO)も、ギャンブルによる害は個人一代で完結せず、家族を通じて次世代にも伝わり得ると警鐘を鳴らしています⁶。例えばギャンブル依存症の親を持つ子供は、経済的・心理的な深いダメージを受け、その影響が成人後も続くだけでなく、自らも依存行為に走ってしまうケースがあるのです。こうした「世代間連鎖」はギャンブルに限らずあらゆる嗜癖問題に見られる現象ですが、特にギャンブルは家庭や生活基盤への打撃が大きいため、その負の遺産が子供に及びやすいとも言えます。
リスクはあるが運命ではない
ここまで遺伝と環境の両側面からギャンブル依存症のリスク要因を見てきました。遺伝的な影響が確かに存在するとはいえ、「家族がギャンブル依存症だから自分も必ずそうなる」というわけでは決してありません。統計上リスクが高まるとはいえ、実際には家族に依存症者がいても本人は問題なくギャンブルと付き合っている人も多く存在します。大切なのは、自分が置かれた状況を正しく理解し、リスクを踏まえて賢く行動することです。
遺伝的素因は変えることができませんが、環境や行動は自らの工夫で変えていくことができます。例えば、もし自分が「ハマりやすい体質かも」と感じるのであれば、ギャンブルそのものに近づかないようにするという選択肢もあります。ギャンブルを一切しない限り、依存症になることはあり得ません。実際、親がギャンブル依存症だった人の中には「あえて自分はギャンブルに手を出さない」という決意で、リスクを回避している方もいます。また万一ギャンブルをする場合でも、節度ある付き合い方を徹底すれば依存状態に陥る可能性は下げられます。
脳科学的に見ると、ギャンブル依存症になりやすい人は「報酬系」と呼ばれる脳の快感を司る部位が刺激に敏感であることが知られています。こうした特性を持つ人は、一度ギャンブルで大勝ちした時の興奮が強烈に記憶され、「もう一度あの快感を味わいたい」という欲求が人一倍起こりやすい傾向があります。しかし言い換えれば、そのような興奮状態を自分で作り出す状況を避けていれば、欲求自体も生じにくくなるということです。
家族歴がある人ができる具体的な予防策
ギャンブル依存の家族歴があるからといって悲観する必要はありません。 リスクと向き合い、適切な対策を講じることで「自分は自分の人生」を歩むことができます。ここでは、家族に依存症の人がいる方が実践できる具体的な予防策をいくつか紹介します。
- ギャンブルとの距離を保つ: もっとも確実な予防はギャンブルに手を出さないことです。家族の苦しみを身近で見てきた方ほど、「自分は絶対に同じ道を辿らない」と決意されていることでしょう。その気持ちはとても大切です。付き合いでどうしてもパチンコや競馬に誘われる場合でも、毅然と断ったり他の娯楽に誘導するなど、自分なりのルールを決めておきましょう。「今回だけなら…」と妥協しない強さが、自分自身を守ります。
- お金の管理を徹底する: ギャンブル依存症予防の観点からは、金銭管理の工夫も重要です。使えるお金が無ければギャンブルもできないので、日頃から収支の管理をしっかり行い、不要不急のお金を持ち歩かないようにします。例えば、「遊びに使うお金は月々○円まで」と自分で予算を決め、それ以上は口座から引き出せない工夫をするのも良いでしょう。クレジットカードを複数持たない、借金をしないといったルールも有効です。また、自分ひとりでお金の管理に自信がない場合は、信頼できる家族にサポートをお願いすることも検討してください。恥ずかしいことではありません。お金との付き合い方に気を配ることは、依存症予防の第一歩なのです。
- ストレスの健全な解消法を身につける: ストレスや寂しさを感じたとき、それを紛らわす健全な方法を持っているかどうかは大きな分かれ道です。ギャンブルは一時的に嫌なことを忘れさせてくれるかもしれませんが、根本的な解決にはなりませんし、後でより大きなストレスを生みます。そうならないために、自分なりのストレス解消法をいくつか用意しておきましょう。運動や散歩、音楽や趣味に没頭する、信頼できる友人とおしゃべりする、お風呂にゆっくり浸かる、日記を書く…何でも構いません。ポイントは「イヤな気分をリセットできる行為」をギャンブル以外で確保しておくことです。もし不安感や抑うつ感が強い場合は専門家に相談することも検討してください。心のケアを充実させることで、ギャンブルに頼らずとも日々のストレスと向き合えるようになります。
- 周囲のサポートを活用する: 自分ひとりでリスクと戦おうとせず、周囲の助けを借りるのも賢明です。例えば家族やパートナーに自分の不安を正直に打ち明け、「もし自分がギャンブルにのめり込みそうになったら止めてほしい」と協力をお願いしてみましょう。家族も過去に辛い経験をしている場合、お互い支え合うことできっと乗り越えられるはずです。また、日本各地にはギャンブル依存症の家族向けの自助グループや相談窓口があります。同じ悩みを持つ人々と情報交換することで、有益な対処法を教えてもらえたり精神的な安心感を得られたりします。「自分だけじゃない」と思えることは大きな力になります。専門のカウンセリングを受けるのも決して大げさなことではありません。問題が起きる前の予防的な相談は大歓迎だ、と多くの支援者も言っています。困ったときは早め早めに手を差し伸べてもらいましょう。
- 正しい知識を持つ: 最後に、依存症について正しく知っておくことも重要です。ギャンブル依存症は本人の人格や意志の弱さの問題ではなく、脳の変化によってコントロールが難しくなる「病気」です³。その背景には遺伝的な要因もあると理解できれば、「自分はダメな人間だからハマるんだ」などと自己嫌悪に陥らずに済みます。また、正しい知識は偏見や周囲からのプレッシャーから自分を守る盾にもなります。例えば、「もう止めようと思えばいつでも止められるさ」と安易に考えているとしたら、それは依存症の怖さを知らないが故の油断かもしれません。依存症は一度陥ると自力では抜け出しにくいものですが、逆に言えば事前に防ぐことが何より大切だと知っておくべきです。
おわりに
「ギャンブル依存症は遺伝するのか?」という問いに対して、本記事では「遺伝的な影響でリスクは高まるが、環境次第でその運命はいくらでも変えられる」という答えをお伝えしました。確かに家族に依存症の方がいる場合、そうでない人より注意が必要なのは事実です。遺伝的な素因を持つ分、他人より早く強くギャンブルの快感に惹きつけられてしまうかもしれません。しかしリスクがあるからといって必ず依存症になるわけではなく、適切な対策によってその芽を摘むことは可能です。大切なのは「自分は人よりハマりやすいかもしれない」という自覚を持ち、慢心しないこと。家族の経験もきっとマイナスばかりではありません。同じ轍を踏まないようにという教訓をあなたに与えてくれているはずです。その教訓を前向きに活かし、「リスクに備えて行動する力」に変えていきましょう。
誰もが最初は「自分だけは大丈夫」と思いがちですが、依存症は誰にでも起こり得る身近な問題です。同時に、予防もまた自分の心がけ次第でできる身近な取り組みです。あなた自身と大切な家族のために、どうか焦らず一歩ずつ、健全な生活習慣とサポート体制を築いていってください。「備えあれば憂いなし」です。リスクと真正面から向き合う勇気を持ったあなたなら、きっと大丈夫。将来の不安に押しつぶされそうなときは、本記事の内容を思い出しながら、できることから実践してみてくださいね。応援しています。
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参考文献
- Compulsive gambling – Symptoms & causes – Mayo Clinic [オンライン]. (参照 2025‑08‑08)
- Genetics of gambling disorder and related phenotypes: The potential uses of polygenic and multifactorial risk models to enable early detection and improve clinical outcomes – J Behav Addict. 2024;13(1):16‑20 [オンライン]. (参照 2025‑08‑08)
- ギャンブルへの依存とストレス – 松下幸生(『ストレス科学研究』33:3‑9, 2018) [オンライン]. (参照 2025‑08‑08)
- FAQs: What is Problem Gambling? – National Council on Problem Gambling [オンライン]. (参照 2025‑08‑08)
- Gambling Addiction Likely In The Genes, Study Says – Xcode Life [オンライン]. (参照 2025‑08‑08)
- Gambling – Fact sheet – World Health Organization [オンライン]. (参照 2025‑08‑08)