お疲れ様です。もしあなたが働きながらギャンブル依存症に悩んでいる当事者、あるいは同僚や部下のギャンブル問題に心を痛めている方なら、この文章がお役に立てるかもしれません。ギャンブル依存症は決して「意志の弱さ」や「性格の問題」ではなく、誰にでも起こりうる脳の病気です。実際、日本では成人の約3.6%(およそ20人に1人)が一生のうちにギャンブル依存症を経験すると推計されています。優秀に仕事をこなすビジネスパーソンでも、この問題を抱えてしまうことがあります。まずは「自分だけじゃない」「身近な問題なんだ」と知るだけでも、少し気持ちが楽になるかもしれません。
では、職場という環境の中でギャンブル依存症とどう向き合えばよいのでしょうか。本記事では、働く当事者の視点から職場で今日から実践できる対策を提案し、上司や同僚に打ち明ける際のポイントやそのメリット・デメリットについて考えます。また、会社の相談窓口(EAPや産業医、カウンセラー等)の上手な活用法や、日本の労働法に基づく支援制度(傷病休職や職場復帰支援プログラム等)についても解説します。さらに、上司・同僚・家族といった周囲の人がどのように声をかけ、支援すればよいか、場合によっては懲戒など厳しい判断が必要かどうか、その基準についても触れていきます。職場という日常の場で、依存症からの回復と仕事の両立を目指すための道筋を、導入から結論まで一貫して丁寧にお伝えします。
当事者が職場で実践できる対策
まずは当事者自身が職場でできる具体的な工夫から始めましょう。ギャンブル依存症の当事者にとって、仕事中や仕事帰りのちょっとした行動がギャンブルへの衝動を左右することがあります。「職場でできる対策なんて限られているのでは?」と思うかもしれません。しかし、以下のような小さな工夫がギャンブルへ向かう衝動を抑える手助けになります。実践しやすいものから取り入れてみてください。
給料日には有給休暇を取らない
「給料日は危ない日」です。手元にまとまったお金が入るタイミングは、ギャンブル欲求の大きな引き金になります。実際、あるパチンコ依存から回復した当事者も「給料日は真っ直ぐ帰宅する」よう心がけていました。それでも一度だけ我慢できずにパチンコ店に入り、気付けば給料袋が空になってしまったそうです。このように給料日には強い誘惑が襲ってくるものです。対策として、給料日に休みを取って一日中暇にしないことが有効です。平日は仕事で忙しく過ごし、給料日は普段通り働いて規則正しい日常の中で乗り切るようにしましょう。どうしても休みの場合は、信頼できる家族に給料を預ける、あるいは給与の振込口座をギャンブルに使えない別口座にするなどの工夫も有効です。大切なのは、給料日を“特別な日”にしない工夫です。それが衝動を遠ざけ、気持ちを平静に保つ助けになります。
社内ネットでギャンブルサイトへのアクセス制限をかける
インターネットがあれば、勤務中でもオンラインカジノや競馬サイトにアクセスできてしまう時代です。職場のPCやスマホからギャンブルサイトに近寄れない環境を作ることで、衝動的な“ポチッ”を予防できます。具体的には、会社のIT担当者に相談して業務用PCからギャンブル関連サイトへのアクセスをブロックしてもらうことを検討しましょう。昨今、多くの企業で導入されているWebフィルタリングの技術を使えば、ギャンブルやアダルトなど不適切なカテゴリのサイトには社員がアクセスできないよう制限できます。こうした職場内のネット規制は生産性向上や情報漏洩防止のためにも有効であり、企業側にとってもメリットがあります。もし自社でそういった仕組みが無い場合でも、自分のスマホにフィルタリングアプリを入れる、勤務中はスマホをロッカーにしまうなど自衛策を講じましょう。「アクセスできない」環境を作ってしまえば、ギャンブルの誘惑と物理的に距離を置けます。
賭け麻雀・賭けゴルフの誘いを断るコツ
職場の人間関係の中では、上司や同僚から賭け事への誘いを受ける場面もあるかもしれません。たとえば「週末に賭け麻雀やるけど一緒にどう?」とか「ゴルフで一ホール1000円で賭けようよ」など、付き合いの延長で誘われるケースです。断りづらい雰囲気もあるでしょうが、ここは勇気を持ってきっぱり断ることが大切です。ポイントは最初の誘いの段階で明確に意思表示することです。「どんなに誘われても自分は一切やりません」と最初にハッキリ伝え、「ギャンブルはやらない主義なんです」「お金を賭ける遊びはちょっと…」とシンプルに理由を一言伝えてそれ以上は踏み込まないようにします。細かく言い訳をすると相手に付け入る隙を与えてしまうので、「なぜ?」と聞かれても深掘りせず笑顔でサラッとかわしましょう。誘う側も、「この人は絶対に来ないんだな」と分かればそれ以上しつこく言ってこなくなります。万一、職場の上司が権力を盾に強要してくるような場合、それはパワハラにあたります。そのような時は無理に従う必要はありませんし、信頼できるさらに上の上司や人事に相談すべきです。実際、「仕事の一環だ」と違法な賭け麻雀に半ば強制的に参加させられ、心身を疲弊させて転職に至ったというケースも報告されています。
上司や同僚に打ち明けるべきか?そのメリット・デメリット
ギャンブル依存の悩みを職場で打ち明けるか否かは、当事者にとって大きな悩みどころでしょう。誰にも言えず一人で抱え込んでいる方も多いと思います。ここでは、上司や同僚にカミングアウト(打ち明け)することのメリットとデメリットを整理し、打ち明けるかどうか判断する際の材料にしていただきたいと思います。
打ち明けることのメリット
- 職場で理解と協力が得られる可能性がある。勇気を出して打ち明ければ、少なくとも身近な上司や同僚には事情を理解してもらえます。例えば「実はギャンブル依存症で治療中です」と伝えれば、仕事中の様子に配慮してもらえたり、賭け事の誘いを遠慮してもらえるでしょう。周囲の理解があることで、職場での誘惑を減らす環境づくりが可能になります。「隠れてこそこそしなくていい」という安心感は、回復に向けた大きな支えです。
- 勤務スケジュールや業務量の配慮を受けやすくなる。上司に伝えておけば、たとえば通院や自助グループ(自助会=ミーティング)に参加するための休暇取得について理解を得やすくなります。また調子が不安定な時期に残業や出張を減らす配慮をしてもらえるなど、治療と仕事の両立が図りやすくなるでしょう。会社によっては産業医や人事部が復職支援プログラムの一環としてカウンセリングを受けさせてくれるケースもあります。それも、問題をオープンにしていればこそ利用できるサポートです。
- 職場内の相談窓口につながりやすくなる。後述するEAP(従業員支援プログラム)や社内カウンセラーの存在を上司が教えてくれたり、「一緒に産業医に相談しようか」といった橋渡しをしてもらえる可能性があります。周囲の人があなたのために動いてくれるきっかけになる点は大きなメリットです。実際、依存症問題は周囲からの働きかけが重要だと専門家も指摘しています。自分一人ではつらいことも、会社ぐるみでサポート体制を作れれば心強いでしょう。
- 嘘や隠し事によるストレスが減る。依存症の特徴の一つに、問題を隠すために嘘を重ねてしまうというものがあります。職場で隠れてギャンブルに行ったり、嘘の有給理由で休んだり…そういった二重生活は非常に精神的負担が大きいものです。勇気を出して打ち明ければ、「隠す苦労」から解放されます。ありのままの自分で職場にいられることは、長い目で見れば回復の助けになります。
打ち明けることのデメリット
- 残念ながら偏見や評価低下のリスクがある。依存症への理解が浅い職場では、「ギャンブルで借金?自己管理がなってない」「信用できない人だ」などと誤解され、評価にマイナスがつく恐れがあります。特にお金を扱う部署だと配置転換を検討される場合もあるかもしれません。「出世コースから外されるのでは…」と心配になるのは当然です。打ち明ける相手やタイミングは慎重に選ぶ必要があります。信頼できる上司や先輩など、理解がありそうな人から徐々に打ち明けるのも一つの方法です。
- 噂が広がる可能性がある。人間関係によっては話した上司・同僚からさらに別の同僚へと話が漏れてしまい、意図しない人にまで知られてしまうリスクがあります。特に職場の規模が小さい場合や、人間関係が密接な職場ではプライバシー管理が難しいかもしれません。依存症は医療上「疾病」なので本来配慮されるべき情報ですが、現実には噂好きな人がいるのも事実です。この点も誰に話すかの見極めが重要です。
- 「なぜやめられないの?」と責められるリスク。知識のない人ほど、「ギャンブルなんてやめればいいだけだろ?」と精神論で片付けがちです。最悪の場合、上司から叱責されたり、同僚から距離を置かれることも考えられます。言わなければ平穏だった関係が、言ったばかりにギクシャクしてしまう可能性もゼロではありません。ただしこれは相手の無知ゆえの反応でもあります。後述するように、職場全体で依存症への正しい知識を持つことが本来は望まれます。
- 本人の意志に反した対応を取られることも。例えば「それなら仕事をしばらく休んで治療に専念しなさい」と強制休職を勧められたり、逆に「うちではサポートできないから退職したら?」と言われるリスクも皆無ではありません。法律上、私的な問題だけを理由に懲戒や解雇はできないことが原則ですが、現実問題として不当な対応を受けるケースもありえます。その際は慌てずに労働組合や社外の労働相談に相談することも考えてください。
打ち明けるメリット・デメリットは以上のように一長一短です。「絶対に打ち明けるべき」でも「絶対隠し通すべき」でもありません。あなたの職場の雰囲気、信頼できる人がいるか、自分の置かれた状況などを踏まえて慎重に判断しましょう。もし打ち明ける決心をしたなら、事前に産業医や主治医、社内外の相談員に相談し、伝え方のアドバイスをもらうのも良いでしょう。相手もどう受け止めてサポートすれば良いか戸惑う可能性があります。専門家の意見を借りつつ、「自分は治療に取り組んでいる」「仕事を続けながら良くなりたい」という前向きな意思と具体的な要望(例えば「○曜日の夕方は通院させてほしい」など)を伝えると、上司も対応しやすくなります。
一方、まだ打ち明ける勇気が出ない…という場合は、無理に言う必要はありません。その代わりに社外の専門機関や自助グループなど、職場以外であなたを支えてくれる場所につながっておきましょう。
社内相談窓口(EAP・産業医・カウンセリング等)の上手な利用法
「誰にも言えない…」そう感じていても、実は会社の中にも相談できる窓口が用意されている場合があります。遠慮や恥ずかしさから利用していない方も多いのですが、ぜひ積極的に活用してみてください。ここでは代表的な社内相談資源であるEAP(従業員支援プログラム)、産業医・産業カウンセラー、その他カウンセリング制度について解説し、その利用法のポイントをお伝えします。
EAP(従業員支援プログラム)とは何か?
最近は多くの企業で「EAP」という言葉を聞くようになりました。「Employee Assistance Program」の略で、日本語では「従業員支援プログラム」と呼ばれます。これは企業が従業員の抱えるメンタルヘルスやプライベートの問題解決を支援する制度のことです。具体的には、社員が無料で利用できるカウンセリングサービスや、専門機関の紹介, メンタルヘルス研修などを企業が用意し提供しているものです。
EAPはもともとアルコール依存症対策として米国で発展した経緯があり、現在ではストレス社会の中で幅広くメンタルヘルスケアに役立てられています。厚生労働省も企業に対し従業員のメンタルヘルスケア体制整備を求めており、その中で「社内の保健スタッフによるケア」や「事業場外資源の活用」が推奨されています。EAPはまさにこれらに合致する取り組みで、社内に産業医やカウンセラーを配置して相談に乗ることも、外部の専門機関(医療機関や相談センター)と連携して従業員を支援することも含まれます。要するに、「会社公認の相談窓口」と考えると分かりやすいでしょう。
EAPや産業医を利用するには
自分の会社にEAP制度があるかどうかは、社員ハンドブックや社内ポータルサイトを確認してみましょう。たいてい「健康相談」や「メンタルヘルス相談」という名称で案内があるはずです。匿名で外部の相談ダイヤルにかけられるタイプや、社内カウンセラーに直接連絡できるタイプなど様々ですが、守秘義務が厳守される点は共通しています。利用したことが上司や人事に筒抜けになる心配はありません。安心して専門家に今の悩みを打ち明けてみてください。「仕事にも支障が出ていて、このままだと不安です」など率直に話せば、具体的な対策や医療機関の紹介などを受けられます。
また産業医が定期的に面談を行っている会社では、その場を積極的に活用しましょう。産業医は法律に基づいて会社に設置される労働者の健康管理の専門医です。健康診断のフォローだけでなく、メンタルヘルス不調の相談相手にもなってくれます。もし信頼できそうな産業医であれば、「実はギャンブルの問題があり…」と打ち明けてみましょう。産業医には社員のプライバシーを守る義務がありますから、こちらも勝手に人事に言われる心配はありません。産業医は必要に応じて休職の判断や職場環境の調整について会社に助言してくれますし、あなた自身には専門医療機関の情報提供や治療継続のフォローをしてくれるでしょう。
カウンセリングや社内相談員の活用
大企業だけでなく、中小企業でも産業カウンセラーや社外提携のカウンセラーを用意しているところがあります。これも労働者の心の健康を守る取り組みの一環です。例えば月に○回まで無料でカウンセリングルームが使えるとか、電話・メール相談ができる制度があるかもしれません。周囲に言えない悩みも、第三者のカウンセラー相手なら安心して吐き出せます。ときには「それは依存症という病気です、専門治療が必要ですよ」と専門医受診を促してくれるケースもあります。悩みを相談することで客観的な視点が得られ、自分では気づかなかった解決策が見つかることもあるでしょう。
ポイントは早めに相談することです。メンタルヘルスの相談窓口は、問題が深刻化してからよりも、「ちょっと辛いな」と感じた段階で利用する方が効果的です。ギャンブル依存の場合も、周囲に迷惑をかける前に専門家につなぐことが回復への近道だとされています。会社が提供する窓口はその第一歩として大いに役立ちます。「こんなこと相談していいのかな…」と迷う必要はありません。あなたが抱える仕事やお金の悩み、ギャンブルへの衝動、将来への不安――どんなことでも構いませんので、プロの意見を仰いでみましょう。
最後に、もし会社に相談窓口が整っていない場合でも落胆しないでください。自治体の精神保健福祉センターや民間の依存症相談窓口、そして後述する自助グループなど、社外にも頼れる先はたくさんあります。例えば厚生労働省の依存症相談拠点や、各都道府県の設置する相談ダイヤルでは無料でギャンブル依存症の専門相談を受け付けています。
日本の労働法に基づく制度的支援:休職・復職支援など
ギャンブル依存症は治療が必要な病気です。場合によっては一定期間仕事を離れて治療に専念したり、リハビリを経てから復職することが望ましいケースもあります。日本の労働関連法や制度の中には、病気療養や職場復帰を支援する仕組みが用意されています。この章では、当事者が利用できる主な制度として傷病休職(休業)と職場復帰支援プログラムについて説明します。制度を正しく知り活用することで、治療とキャリアの両立という難題も乗り越えやすくなるでしょう。
傷病休職(病気休業)と傷病手当金
まず、仕事を続けることが難しいほど深刻な場合には、思い切って休職する選択も視野に入れましょう。会社の就業規則にはたいてい「傷病による休職制度」が定められており、主治医の診断書があれば一定期間仕事を休むことが認められます(期間や条件は会社ごとに異なります)。ギャンブル依存症もれっきとした精神疾患(行動の嗜癖)ですから、医師が「治療が必要」と判断すれば休職の理由として正当です。「会社に迷惑をかけてしまう…」と葛藤するかもしれません。しかし、無理に働き続けて状況が悪化し、最終的に退職や解雇となるより、一時休んででも回復を優先する方が長い目で見て建設的です。会社としても、有能な社員に治療を受けてもらい再び戦力になってもらう方が利益になります。
休職中の収入面について不安があるかもしれませんが、公的な支援があります。健康保険に加入していれば、連続する3日間(待期期間)の欠勤の後、4日目以降の休業から「傷病手当金」が支給されます。これは給与の大体3分の2程度が最長1年6か月にわたって支給される制度です。会社から給料が出ない期間でも、この傷病手当金で最低限の収入が確保できます。例えば「治療のため3か月休職する」という場合、会社から無給でも健康保険組合に申請すれば手当金を受け取れます(医師の意見書が必要です)。つまり、経済的に生活が立ち行かなくなる心配は少し和らぐわけです。
実は近年、この分野で心強いニュースもありました。2020年4月から、ギャンブル依存症の治療が公的医療保険の適用対象に加わったのです。それ以前は自費診療扱いのプログラムもあったのですが、今は外来治療や入院プログラムも保険適用で受けられます。医療保険が利けば治療費の自己負担は3割(条件により更に減額も)です。経済的ハードルが下がったことで、専門治療にアクセスしやすくなりました。「仕事を休んで治療に専念したいが費用が…」と悩んでいた方も、この制度変更は後押しになるでしょう。傷病休職+傷病手当金+保険診療という組み合わせで、治療期間をしっかり確保してください。もし会社に「休職制度がない」と言われた場合でも、医師の診断書による休業は労働基準法上認められる正当な欠勤です。解雇など不利益扱いからも法律で守られます(私病であっても短期間での解雇は不当とされる場合があります)。
職場復帰支援プログラム(リワーク)でスムーズに復職
休職して治療に取り組んだ後、いよいよ職場に戻る段階では復職支援プログラム(リワークプログラム)を活用しましょう。厚生労働省のガイドラインでは、メンタルヘルス不調で休業した労働者の職場復帰に際し、「復職支援」のステップを踏むことが推奨されています。具体的には、主治医の復職許可が出た後もいきなりフルスロットルで働くのではなく、段階的に仕事に慣らしていく期間を設けるのです。
多くの企業では、復職の際に産業医面談を実施し「無理なく働ける状態か」確認します。ここで無理と判断されれば休職延長となりますし、OKであれば晴れて復職ですが、その後一定期間は時短勤務や軽易業務からスタートすることが一般的です。例えば最初の1~2週間は午前中だけ勤務し、次の週からは午後まで勤務、1か月ほどかけてフルタイムに戻す、というプランがよく取られます(会社の規模によりますが)。また業務内容も、しばらくはあまりプレッシャーの大きくないサポート業務中心にしてもらえるかもしれません。これらは会社と産業医、人事労務担当者が協議して決める「職場復帰支援プラン」に盛り込まれます。
当事者として心がけたいのは、このリハビリ勤務期間中に決して無理をしないことです。多少物足りなくても、「もう大丈夫だからもっと仕事任せてください!」と焦る必要はありません。ゆっくり慣らしていくことで再発リスクを減らすのが目的だからです。実際、復職者への周囲の接し方や留意事項については、産業医から管理職へ事前に伝えられることもあります。例えば「しばらく残業はさせない」「飲み会など酒席に誘わない」といった配慮事項が共有されるでしょう。職場全体であなたの復帰を支える雰囲気作りが行われるはずですので、安心して甘えられるところは甘えてください。
場合によっては、主治医の勧めで医療機関のリワークプログラムに通所してから復職するケースもあります。リワークプログラムとは、デイケア形式で平日昼間に通い、グループワークや生活リズム訓練などを行う治療プログラムです。依存症専門のリワークも各地に増えており、ギャンブル等依存症の方が仕事復帰に向けた準備をする場として活用されています。会社としても、リワーク参加歴があると安心材料になることがあります。「治療に真剣に取り組み、再発防止策を身につけました」という証明にもなるからです。
最後に、復職後は定期的に産業医面談や上司との面談を設けてもらいましょう。復帰直後が一番再発しやすいとも言われます。勤務状況について率直にフィードバックを受け、「無理してないか」「ストレスが溜まっていないか」チェックを受けることは大切です。もし自分で「ヤバいかも」と感じたら、早めに上司や産業医に伝えて業務負荷を調整してもらいましょう。制度は使ってこそ意味があるので、遠慮はいりません。あなたの復帰を会社も心から待っています。
周囲(上司・同僚・家族)のための対応法:声かけ例と支援・懲戒の判断
最後に、ギャンブル依存症に苦しむ当事者を支える立場の方々に向けて、適切な関わり方のポイントをまとめます。上司や同僚、そして家族——立場は違えど「大切な人を何とか助けたい」「でもどう接すれば?」と悩んでいることでしょう。ここでは声かけの具体例や、場合によっては必要になる懲戒処分と支援の判断基準について述べます。周囲の関わり方一つで、当事者の回復への道のりは大きく変わります。ぜひ参考にしてください。
「寄り添い」と「専門につなぐ」二本柱で支える
ギャンブル依存症の当事者に接する際、基本となる姿勢は本人に寄り添い、非難しないことです。「なんでやめられないんだ!」と責める気持ちはこらえて、まずは「困っているなら力になりたい」というスタンスで接しましょう。具体的な声かけとしては、例えば職場の同僚であれば「最近遅刻や欠勤が多いけど大丈夫?何か悩みがあるなら話してみない?」と声をかけるところから始めます。上司であれば人事権も絡むため慎重になりますが、「業績が落ちているのは心配だ。しかし君自身もっと心配だ。仕事以外のことで困っているなら相談に乗るよ」といった具合に、まず健康や生活を気遣う声かけをしてください。家族の場合は「借金どうするの!」「もうやめてよ!」と言いたくなるところをグッとこらえ、「本人が一番苦しんでいる」という前提に立って「一緒に解決策を探そう」と伝えると良いでしょう。
もっと踏み込んだ声かけとして、専門機関への相談を促す言葉も重要です。同僚や家族なら、「このままだと借金が増える一方だよ。専門の相談先で話を聞いてもらったら?」とか「ギャンブル依存症かもしれないから専門病院に行ってみようよ」と提案するのも有効です。ストレートに「依存症だから病院行きなよ!」では反発される恐れがありますので、「最近テレビで依存症の特集を見たんだけど…相談してみない?」などと柔らかく切り出しても良いでしょう。職場の上司であれば、「うちの健康管理室に相談員がいるから利用してみないか?」とか「産業医に繋ぐから一度プロに話してごらん」と勧める方法があります。周囲から専門家へ橋渡ししてあげるイメージです。依存症は本人が病気の自覚を持ちにくく否認しがちな病気(「否認の病」)とも言われます。だからこそ、周囲が促してあげることが回復への第一歩になります。
金銭援助はNG!借金問題への対処
家族や職場の仲間として一番注意すべきは、安易にお金を貸したり肩代わりしたりしないことです。ギャンブル依存症の典型的な悪循環に「借金トラブル」があります。負けを取り戻そうと借金を重ね、返済に窮してまた借金…というスパイラルです。周囲から見ると「かわいそうだから」と肩代わり返済してあげたくなりますが、専門家は「焦って借金を清算する必要はない」と助言しています。むしろ周囲が尻拭いをすると、当人は痛みを感じないまま再び借金し、問題が深刻化しかねません。同僚間でも、「金欠で…」と泣きつかれても個人的な貸し借りはNGです。職場にそんな人がいる場合、「最近あの人いろんな人に借金頼んでるけど応じない方がいい」とチームで足並みを揃えることも必要でしょう。
では借金が判明した場合どうするか。まずは専門家に相談する時間稼ぎをすることです。消費者金融などから督促が来ていても、すぐに家族が全額返済する必要はありません。債務整理のプロである弁護士や司法書士に間に入ってもらえば、返済を一時停止してもらうこともできますし、利息カットや分割払いなど解決策が見えてきます。職場の上司で社員の借金問題を把握した場合も、人事部や産業医経由で専門相談に繋ぐことを検討しましょう。借金そのものは法律問題なので会社として介入しにくい面はありますが、社員の生活が立ち行かず退職される方が会社にとっても損失です。福利厚生の一環と考え、労働組合や社労士とも協力して支援策を探る価値はあります。
繰り返しになりますが、お金の援助はしないことが原則です。これは冷たいようですが、本人が自分の問題に向き合うために必要な対応です。その代わり、「専門家と一緒に借金問題を解決しよう」と寄り添いましょう。例えば家族なら「弁護士事務所に一緒について行くよ」と言ってあげるだけでも、当人は心強いはずです。「借金さえ無くなればこの人は元に戻る」と思いたくなるかもしれません。しかし借金は結果であって原因ではないことを忘れないでください。ギャンブル依存症そのものに向き合わなければ、また借金は繰り返されます。
懲戒か支援か?職場での判断ポイント
職場の管理者にとって悩ましいのが、「問題社員」として懲戒処分すべきか、病気として支援すべきかの判断です。結論から言えば、ギャンブル依存症は基本的に病気として扱い、まず支援による改善を目指すのが望ましいでしょう。法律的にも、社員の私生活上の問題だけを理由にいきなり懲戒・解雇とすることはできません。プライバシー尊重の観点から、勤務に直接関係ない行為での処分は厳しく制限されています。もっとも、業務に支障が出ている場合(無断欠勤・遅刻早退の常習など)や、会社の信用を損なう事態(会社金の持ち出し、顧客資金の横領等)に発展している場合は、懲戒処分も検討せざるを得ません。
判断ポイントとしては、その問題行為が「就業規則の懲戒事由に該当するか」「処分が社会通念上相当か」という基準を満たすかどうかです。例えば業務時間中にパチンコに出入りしていた場合は「職務専念義務違反」で戒告や減給などの処分が妥当かもしれません。会社のお金に手を付けたとなれば重大な規律違反(場合によっては横領罪)ですので、懲戒解雇も選択肢に入るでしょう。実際に常習賭博で逮捕された社員を懲戒解雇にした企業の例もあります。一方で、「業務外の借金問題があり取り立て電話が職場に来た」程度では即処分は難しく、まずは本人への注意指導と記録を残す対応が推奨されます。
重要なのは、処分ありきではなく事実確認と改善指導を先行することです。上司や人事担当者は、当該社員と面談の場を持ちましょう。その際、頭ごなしに非難するのではなく、「職場に悪影響が出ているので困っている。君自身も困っているだろう。一緒に改善策を考えよう」という姿勢で臨みます。具体的な問題行動(例:「無断欠勤が月に○回ある」「備品購入費の不備があった」等)を冷静に示し、それを改善するために会社としてどんな支援ができるか話し合います。【産業医】や【EAPカウンセラー】に繋げる提案もここでしてみましょう。「このままだと規則上処分も検討しなければならない。しかし私はできれば君に良くなってもらい、また戦力として頑張ってほしいと願っている。そのためにできる支援は惜しまない」という趣旨を伝えられればベストです。社員の側も「見捨てられるわけじゃないんだ」とわかれば、真剣に治療と向き合う意欲が湧くかもしれません。
もちろん、支援にも限界はあります。会社が与えた改善機会を経てもなお問題行動が改まらず、業務に著しい支障をきたす場合、懲戒という厳しい判断もやむを得なくなるでしょう。その際でも、人間としての尊厳に配慮し「あなたが悪い人間だから解雇するのではなく、病気が改善されないままでは職場に置いておけない」という伝え方をしたいものです。可能であれば退職後も利用できる地域の相談機関やハローワークの職業リハビリ窓口情報などを提供し、最後までその人の再起を応援する姿勢を示して下さい。実際、企業によっては不祥事を起こした依存症社員に対し、懲戒解雇の代わりに自主退職と治療継続を促す措置を取った例もあります。大切なのは、「依存症は再起可能な病気」であり、「社員は会社の財産である」という視点です。
家族は「共倒れ」しないように気をつけて
家族の場合、会社以上に深く問題に巻き込まれてしまいがちです。夫が給料をつぎ込めば家計が破綻し、妻が内緒で借金を返済すれば夫はまた使い込む…といった悪循環もよく聞かれます。家族側の対応策としては、まず前述の金銭管理ルール(肩代わりしない・貸さない)を徹底すること。そして家族自身も専門家の支援を受けることです。家族向けの自助グループ「ギャマノン(Gam-Anon)」では、同じ悩みを持つ家族同士が集まり、対応策や気持ちの保ち方を分かち合っています。そこで「借金の肩代わりをしない勇気」を学んだ家族が、結果的に本人の回復を促した例も多いのです。また自治体の家族教室やカウンセリングも有用です。あなた自身が疲弊しきってしまわないように、プロや同じ立場の仲間に相談しながら支えていくことが大切です。
家族から当事者への声かけは、「あなたが変わらないともう離婚だ!」などの最後通牒ではなく、「このままだと家族みんな不幸になってしまう。一緒に専門機関に行こう」という提案がいいでしょう。本人が相談に乗り気でない場合でも、家族だけでも専門相談に行ってアドバイスを受ける価値があります。専門家は家族から間接的に話を聞くだけでも適切な助言をくれますし、場合によっては「ご本人と一緒に来てください」とセッティングしてくれることもあります。「治療に繋げたいけど本人が拒否していて…」という相談はよくあるので、遠慮なくまず家族が相談窓口を訪ねてみましょう。
周囲のサポートは長期戦になることも覚悟してください。ギャンブル依存症から回復するまでには最低でも2年はかかるとも言われます(もちろん個人差があります)。途中で何度か再発する可能性もあります。しかし、その度に周囲が適切に支え、再び立ち上がるのを手助けすれば、やがて安定した「賭けない生活」が定着していきます。社員を支える会社にとっても、家族を支える家庭にとっても、「隠すより予防を」「見捨てるより寄り添いを」という姿勢が何より大事です。
おわりに:仕事と人生を取り戻すために
ギャンブル依存症に苦しむ働く当事者と、その周囲の方々に向けて、職場でできる工夫や制度的支援について長々と述べてきました。最後にお伝えしたいのは、「依存症は治る病気」「職場にもあなたを待っている人がいる」ということです。
依存症当事者の方、あなたは決して一人ではありません。同じ悩みを乗り越えた先輩たちがたくさんいます。辛いときはぜひ本記事で紹介した対策を思い出し、一つでも実践してみてください。今日、給料日なら真っ直ぐ家に帰ってみましょう。社内の相談サービスに電話してみましょう。勇気を出して上司に「少しお話があります」と切り出してみるのも、一歩です。その小さな一歩一歩が、やがて大きな変化につながります。
周囲の方も、どうか長い目で見守ってください。会社にとって大切な人材であり、家族にとってかけがえのない存在であるその人が、本来の元気と笑顔を取り戻すまで、寄り添ってあげてほしいのです。「隠すより予防を、責めるより支援を」という言葉どおり、問題を恥ずかしいことと蓋をするのではなく、オープンに共有し、皆で支える職場文化が根付けば理想的です。
幸い、日本でも2018年に「ギャンブル等依存症対策基本法」が制定され、国や地方公共団体、そして事業者にも依存症対策への責務が課せられました。職場や学校における啓発や教育も推進されつつあります。依存症対策は今や社会全体の課題であり、職場も例外ではありません。勇気を出して声を上げれば、きっと理解者は存在します。そしてあなた自身も、自分の人生を取り戻す権利があります。
仕事は人生の大部分を占める大切なものです。その仕事の場で回復を妨げる要因を減らし、逆に支援を得られれば、きっと克服のチャンスは飛躍的に高まるでしょう。職場での依存対策と制度的支援をフルに活用し、あなたらしい充実した働き方と人生をぜひもう一度手に入れてください。私も陰ながら応援しています。一歩ずつ、着実に、共に前に進んでいきましょう。
理解度チェックテスト
ここまで読んで頂き本当にありがとうございます!
最後に、この記事の理解度をチェックするためのテストをご用意いたしましたので是非トライしてみてくださいね。それではまた。
仕事とギャンブル依存症の両立支援 理解度チェック(全10問)
参考文献
- 三菱製鋼健康保険組合「ギャンブル依存症(病的賭博)とは」(ニュースとお知らせ, 2020年5月8日)
- 厚生労働省 こころの耳「私とパチンコ依存症:こころの病 克服体験記」(働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト)
- 鳥取県依存症対策センター「ギャンブル・スマホ・ゲーム・ネットへの依存問題ハンドブック要約版」(2022年)
- ハンモック株式会社「Webフィルタリングの基本と導入メリット」(法人セキュリティ対策マガジン, 2024年)
- Yahoo知恵袋「麻雀の断り方に関するQ&A」(2012年6月7日)
- 渡邉正裕「違法賭博を強要され疲弊して転職しました:上司ガチャ・パワハラ被害エピソード」(MyNewsJapan, 2025年2月5日)
- 河田俊男「職場のメンタルヘルス 第22回『ギャンブル依存』」(人と仕事研究所:職場のメンタルヘルスコラム)
- 弁護士法人片岡法律事務所「職員の私生活問題と懲戒処分に関するQ&A」(医療経営Q&A)
- 牛見総合法律事務所「EAPとは(従業員支援プログラム解説)」(法人向けサービス紹介)
- 国立依存症対策センター(NCASA)「身近な人がギャンブル依存症かも?と心配な方へ」(ギャンブル等依存症問題を抱える人へのガイド)
- 消費者庁「ギャンブル等依存症でお困りの皆様へ」(相談窓口案内)
- 厚生労働省「心の健康問題で休業した労働者の職場復帰支援の手引き(改訂版)」(中央労働災害防止協会, 2010年)
- 衆議院議員立法「ギャンブル等依存症対策基本法」(2018年法律第74号)