導入:ある再発エピソード
雨の降る金曜の夜でした。仕事から帰宅した私は、夕食を終えてパソコンの前に座りました。メールをチェックするつもりだったのに、無意識にFX取引のサイトを開いていました。瞬く間に動くチャートの赤と緑のローソク足を眺めるうちに、胸が高鳴り、あの忘れかけていた興奮が体を駆け巡りました。「少しだけなら……今日は給料日だし、損失を取り戻せるチャンスかもしれない」と、心の中で誰かがささやきます。
震える手でマウスを握り、最初の取引をクリックしました。数分で出た小さな利益に、「やはり今日は勝てる」と期待が膨らみました。しかし、その後の取引は予想に反し、相場は急に反転しました。失った金額はどんどん増えていきましたが、止めることができませんでした。「次で取り返せるはずだ」という焦りが、さらなる損失を生みました。
気がつけば時計は深夜1時を回り、銀行口座から生活費として貯めていたお金まで使い果たしていました。パソコンを閉じた瞬間、深い絶望と自己嫌悪が一気に押し寄せました。真っ暗な部屋で一人、「またやってしまった……」とつぶやくと、涙が頬を伝いました。
スマホを取り、震える指で妻に電話をかけようとしましたが、押すことができませんでした。「自分はどうしようもない」と責める声が頭の中で響き渡り、このままでは家族や生活のすべてを失うかもしれないという恐怖に胸が締め付けられました。静かな部屋で降り続ける雨音を聞きながら、私は涙を拭い、自分を責め続けました。
もしあなたも似たような経験をしているのなら、どうか知ってください。あなたは決して一人ではありません。同じように苦しみ、そしてそこから回復しようともがいている人がたくさんいます。FX依存からの回復の道は平坦ではありませんが、衝動に振り回される瞬間を乗り越える方法は必ず存在します。このガイドでは、FXギャンブル欲求が高まる瞬間に各回復ステージでどう対応すればよいかを、具体的な対策とともに解説していきます。私自身の失敗談も踏まえながら、実践的な知恵を共有します。あなたの回復のヒントになりますように——さっそく始めましょう。
ギャンブル依存の回復ステージとは
ギャンブル依存からの回復プロセスには段階があります。一般に、否認期・準備期・行動期・維持期のステージに分けて語られます。人によって進み方は様々ですが、自分が今どの段階にいるかを知ることは、適切な対処法を選ぶ上でとても大切です。以下では各ステージの特徴と、その段階で典型的に生じやすい衝動(欲求)のパターン、そして対処法を紹介します。
否認期:「まだ大丈夫」という誘惑
特徴:否認期にいる人は、自分のギャンブル行動に問題があることをほとんど認めていません。「自分は依存症じゃない」「いつでもやめられる」と考えがちで、家族や友人から心配されても「大げさだ」と取り合わないことも多いでしょう。依存症が「否認の病」と呼ばれるゆえんで、問題が起きていても本人は深刻に受け止めず、たとえ「病気かも」と感じても過小評価しがちです。
この段階の衝動:否認期では、ギャンブルへの衝動が起きてもそれを「衝動」と自覚できない場合があります。たとえば給与日になると「少しくらい遊んでも平気だ」と考えてパチンコ店に立ち寄ったり、負けが続いても「次は勝てるはずだ」という根拠のない自信でまた賭けてしまったりします。こうした誤った信念によってギャンブルに向かう行動が引き起こされるのです。否認期の人にとって、衝動は「ごく当たり前の欲求」であり、危険信号だとは思っていないケースが多いでしょう。
対処法のヒント:もし「自分は平気」と思いながらもどこかで不安を感じているなら、まず事実を直視することが大切です。簡単なセルフチェック(後述)を試したり、信頼できる第三者(専門カウンセラーや自助グループ)に自分のギャンブル状況を話してみましょう。否認を乗り越える第一歩は、現状を認めることです。たとえば「この1ヶ月で給料の何割をギャンブルに使ったか」「借金がどれくらいあるか」など事実を書き出してみるのも有効です。数字や出来事を客観的に見ることで、問題の深刻さに気づけるかもしれません。
★ポイント:否認期のあなたへ…「自分は大丈夫」という声に要注意。本当は苦しいからこそ、問題を軽く見せようとしていませんか?怖がらなくても大丈夫。問題に名前をつけて認めることは、回復への第一歩です。
準備期:変わりたい気持ちと葛藤する
特徴:準備期では、本人は既に「このままではまずい」「ギャンブルをやめたい」と自覚しています。頭では止める決意を固め始めており、情報収集をしたり計画を立てたりしている段階です。たとえば「来月からは行かないようにしよう」「借金を整理しよう」といった具体的なプランを考えるでしょう。ただし、実際にはまだギャンブル行動が完全には止まっていないことも多く、「やめたいのにやめられない」葛藤の中にいます。
この段階の衝動:準備期の人は、ギャンブル欲求に対して強い葛藤を感じます。「もうやめよう」と思う一方で、「今回だけは…」という誘惑に負けそうになるのが典型です。例えばパチンコ屋の前を通ると心臓がドキドキし、「少しだけ様子を見るだけ…」と自分に言い訳してしまうかもしれません。またストレスや寂しさを感じた時、「少しくらいなら気晴らししても」と衝動が頭をもたげることもあります。準備期では衝動が起きるたびに罪悪感も伴うため、余計につらく感じるでしょう。「ダメだ、行ってはいけない」と自制しようとするほど、頭の中がギャンブルのことでいっぱいになるというジレンマもあります。
対処法のヒント:準備期では計画と環境整備がカギです。具体的には次のような対策を取りましょう。
- お金の管理: クレジットカードを預ける、現金を最小限しか持たないようにするなど、賭けられるお金を手元に置かない工夫をします。
- きっかけを遠ざける: 帰宅経路を変えてギャンブル施設の前を通らないようにしたり、スマホの賭博アプリを削除したりします。自宅にチラシやDMが来るなら配信停止の手続きを。可能なら自己排除制度(カジノや公営ギャンブル施設への入場禁止措置)を活用するのも有効です。
- 相談先を決めておく: 信頼できる家族や友人、または地域の依存症相談窓口や自助グループなど、辛いときに連絡できるサポート先をリストアップします。衝動に駆られたら一人で抱え込まずすぐ連絡しましょう。専門家や経験者と繋がることで、冷静さを取り戻す助けになります。
- 具体的な計画作り: 「○月○日から断つ」「週○回は○○に通う」など行動目標を紙に書き出します。目標は無理のない範囲で短期・長期の両方を設定し、達成したら自分を誉めてください。計画を立てることで漠然とした不安が軽減し、衝動への備えにもなります。
★ポイント:準備期のあなたへ…あなたはもう気づいています。だからこそ今、不安や葛藤が大きいでしょう。でもそれは変わろうとしている証です。怖さや迷いがあるのは当たり前。しっかりとした準備は成功の鍵。周囲の支援を借りながら、「最初の一歩」を踏み出す計画を一緒に立てましょう。
行動期:禁ギャンブル中の強い衝動との戦い
特徴:行動期とは実際にギャンブルを断つ行動を起こしている段階です。いわゆる「断ギャンブル」に踏み出したばかりの頃で、生活からギャンブルが消えたことで心身にさまざまな変化が表れます。多くの場合、最初は落ち着かなかったりイライラしたりと禁断症状に近い状態が現れます。これは脳が今まで刺激に慣れていた反動で、一時的にストレス耐性が下がっているためです。また、これまでギャンブルに費やしていた時間やエネルギーがぽっかり空くため、喪失感や虚無感を覚えることもあります。「本当にこのままでいいのだろうか…」と不安になる人もいるでしょう。
この段階の衝動:行動期が最も強烈なギャンブル欲求に襲われやすい時期です。特に開始して数週間〜数か月は要注意で、脳がギャンブルの刺激を恋しがって誘惑してきます。典型的なケースとして、仕事や人間関係でストレスを感じたときに「今までならギャンブルで発散していたのに…」とムズムズしたり、テレビやネットでギャンブルの広告を見て頭から離れなくなったりします。また、給料日・ボーナス時・週末など決まったタイミングで習慣的に「ちょっとだけなら」という衝動が湧きやすいです。身体的にも動悸がしたり手汗をかいたりといった反応が起き、「今すぐ賭けたい!」という波が押し寄せるでしょう。
しかし安心してください。この衝動の波は永遠には続きません。 専門家によれば、脳はずっと強い欲求を維持し続けることはできず、たとえ激しい衝動もいずれは消えていくのです。実際、「衝動は波のようなもので、ピークを過ぎれば自然と引いていく」とよく例えられます。多くのケースで、強い欲求のピークは数分からせいぜい30分程度と言われています。したがって、この最初の波を乗り越える対策を持っているかどうかが勝負になります。次章で、まさにその対策を具体的に見ていきましょう。
★ポイント:行動期のあなたへ…今あなたは実際に「賭けない」という大きな挑戦をしています。その中で衝動が襲ってくるのは自然なことです。どうか自分を責めないでください。衝動は必ず通り過ぎる。ここで紹介する対策を駆使して、その波を一つひとつ乗り越えていきましょう。乗り越えるたびに、衝動の力は少しずつ弱まっていきます。
維持期:油断と慢心への対処
特徴:維持期は、一定期間ギャンブルをせずに生活できるようになり、回復状態を維持している段階です。人によって維持期と感じる目安は様々ですが、一般には半年〜1年以上大きな再発がない状態を指すことが多いでしょう。この段階まで来ると、日常生活や感情面でも安定し、ギャンブルにとらわれない時間が増えてきます。とはいえ「完治」ではありません。 油断すると以前ほどの激しさはなくとも衝動がぶり返すことがあります。また、心のどこかで「もう自分は大丈夫」「少しくらいなら遊んでも平気かも」という慢心が芽生えやすいのも維持期の特徴です。これは人間が順調さに安心すると警戒心が緩む心理によるものです。
この段階の衝動:維持期の衝動は、不意に訪れるケースが目立ちます。たとえば長い間うまくいっていた人が、ある日突然強いストレス(失職、人間関係のトラブル、病気など)に見舞われ、それをきっかけに「一度だけなら…」という誘惑に駆られることがあります。また前述のような慢心から、「もう1年以上やめているんだし、記念に宝くじくらい買ってもいいかな」と軽い気持ちで手を出し、それが連鎖してしまう場合もあります。維持期の衝動は頻度こそ低いものの、発生したときの破壊力が大きい点に注意が必要です。せっかく築いた生活基盤や人間関係、貯金が一度の再発で崩れてしまうリスクがあります。
対処法のヒント:維持期において最も大切なのは「慢心しないこと」と「調子が悪いサインに気づくこと」です。ギャンブルをしない生活に慣れてくると、誰しも気が緩みがちです。以下のポイントに留意しましょう。
- 引き続き環境調整と習慣維持: 行動期に確立した良い習慣(例:収支の記録、人に相談する、一人でヒマな時間を作らない工夫など)を継続します。「もう必要ないかな」と思っても、予防策は継続してください。特に経済的境界(予算管理や借金しないルール)は守り続けることが重要です。
- 自己洞察を深める: 定期的に自分の心の状態をチェックしましょう。「イライラが続いていないか」「悩み事を一人で抱えていないか」「ギャンブルの夢を見たり空想することが増えていないか」等、自分の変化に敏感になることです。少しでも不安定さを感じたら早めに対策(例えばミーティングに参加する、カウンセリングに行く等)を講じます。
- 慢心への対策: 仮に「一回くらいいいかな」という考えが頭をよぎったら、過去の辛かった頃の日記や借金のメモなどを読み返してください。当時の苦しさを思い出すことは強力な抑止力になります。また、「今回もしギャンブルしてしまったら何が起きるか?」と結果を具体的に想像してみるのも有効です。「○万円失い、○○さんとの信頼も失い、自己嫌悪で眠れなくなる…」とシミュレーションすることで、踏みとどまる助けになります。
そして何よりも、再発は回復プロセスの一部になり得ることを理解しておきましょう。たとえ維持期であっても、一度のスリップで全てが台無しになるわけではありません。実際、ギャンブル依存の回復過程において再発や一時的なスリップは珍しくありませんし、それ自体は失敗ではないとされています。大事なのは、再発してしまった時にすぐに助けを求め、学びを次に活かすことです。維持期のあなたは、これまで積み上げてきた努力と知識があります。またゼロからやり直すのではなく、得た教訓を糧にさらに強くなれると信じてください。
★ポイント:維持期のあなたへ…ここまで来たあなたの努力は本物です。衝動に悩まされる日々から抜け出し、新しい日常を築いている自分を誇りに思いましょう。ただ、「油断大敵」です。これからも自分の心と向き合い、小さな変化も見逃さないでいてください。仮にまた衝動が来ても大丈夫。 あなたには乗り越える力が備わっていますし、何度つまずいてもやり直す価値があるのです。
衝動に襲われたときの即効対処法3選(実践編)
いよいよここからは、実際にギャンブル衝動が高まった瞬間の具体的な対処テクニックを紹介します。どの回復ステージにいる方でも、強い欲求に駆られたときに役立つ即効性のある方法です。衝動のピークは長くてもせいぜい数十分程度。この短い間をしのげれば、あとは波が引くように楽になります。ぜひ「これは効きそうだ」と思うものから試してみてください。
◎「5分間ルール」で一時停止する
衝動に駆られたら、まず5分だけ踏みとどまることを自分に約束しましょう。今すぐ賭けたい気持ちを一旦棚上げし、「5分経ったらまた考えよう」と先延ばしにするのです。スマートフォンのタイマーを5分にセットし、その間は深呼吸をしながらじっと待ちます。ポイントは、「絶対に我慢しなきゃ」と力むのではなく「5分だけでいい」と自分に優しく言い聞かせることです。多くのケースで、強い衝動は数分我慢すればピークを越えて和らぎます。5分経ってもまだ誘惑が消えなければ、もう一度「あと5分だけ」と延長してください。細切れに時間を区切って衝動をやり過ごすことで、「今すぐ賭けたい!」という焦りを鎮める作戦です。実際、先述の体験談の彼も「衝動は波。本当に辛いのは最初のひと押しのところだけ」と言っていました。まずは5分、一緒にやり過ごしてみましょう。
◎その場から物理的に離脱する
文字通り、その場から離れることは衝動対処の基本中の基本です。もし目の前に誘惑(ギャンブルできる環境やツール)があるなら、迷わず物理的距離を取りましょう。例えばパチンコ店にいるなら店外に出る、競馬場なら席を立つ、スマホでオンライン賭博をしていたなら一度スマホを別室に置く、といった具合です。「それが難しいから困っているんだ」と思うかもしれませんが、少し工夫をしてみてください。一時避難の口実を作るのです。トイレに行くふりをして席を立つのも良いでしょう。「ちょっと外の空気を吸ってくる」と言って建物の外に出るのも手です。家で一人でスマホに向かっている場合でも、ベランダに出てみる、台所で水を一杯飲むなど場所を変えてみるだけで気分が切り替わります。環境が変われば、五感に入ってくる情報も変わります。衝動にとらわれていた脳に新しい刺激を与えることで、「ハッ」と正気に戻る瞬間が生まれるのです。「その場離脱」はシンプルですが非常に強力なテクニックです。衝動が来たらまず足を動かす——ぜひ覚えておいてください。
◎代替行動リストで気を逸らす
ギャンブル以外に集中できる「代替行動」をあらかじめ用意しておき、衝動時にそれを実行する方法です。人間の脳は二つのことを同時に強くは考えられないため、別の行動で意識を埋めてしまえばギャンブル欲求の入り込む隙間がなくなります。ポイントは「できるだけ簡単に始められて、自分にとって少しでも楽しいor落ち着く行動」を選ぶことです。以下に具体例をいくつか挙げます。
- 水を一杯ゆっくり飲む: コップに水を注ぎ、5分くらいかけて少しずつ飲みます。喉を潤す感覚に意識を向けるとクールダウンできます。
- 誰かに電話する: 信頼できる友人や家族に電話をかけましょう(話す内容はギャンブルのことでも世間話でもOK)。人の声を聞くだけで気分が変わり安心感が生まれます。もし深夜などで難しければ、自治体の相談ダイヤルや依存症ホットラインに繋ぐのも手です。専門の相談員が24時間対応してくれるサービスもあります。
- 日記やメモを書く: 感じている衝動やその時の気持ちを、スマホのメモ帳やノートに殴り書きします。「賭けたい!」「苦しい!」といった正直な思いを言語化して吐き出すだけでも、不思議と冷静な自分が現れてきます。あとで読み返すと自分の衝動パターンに気づくヒントにも。
- 軽い運動やストレッチ: その場でできる簡単な運動をしましょう。例えばその場で10回ジャンプする、近所を少し早歩きで5分散歩する、ストレッチで全身をほぐす等。体を動かすと緊張が和らぎ、気分転換になります。
- リラックス法を実践: 深呼吸や簡単な瞑想法を試します。鼻からゆっくり息を吸い、口から長く吐く腹式呼吸を何度か繰り返すだけでも心拍数が落ち着きます。スマホアプリのリラクゼーション音声や音楽を聴くのもよいでしょう。
こうした「もし衝動が来たらこれをやる」行動の引き出しを増やしておくことで、いざという瞬間にスムーズに対処できます。大事なのは、「ギャンブルを我慢しなきゃ!」と意識をギャンブルに向けるのではなく、そもそも頭の中からギャンブルのことを追い出してしまうことです。楽しい代替行動で脳内を占領し、衝動がおさまるまでの時間稼ぎをしてしまいましょう。
専門的対処法:衝動の記録と分析
ここからは、もう一歩踏み込んだ専門的な対処スキルを紹介します。認知行動療法(CBT)などで用いられる技法で、「自分の衝動のパターンを客観的に把握し、再発予防に活かす」ためのものです。少し手間はかかりますが、習慣化すれば衝動に対する心理的な耐性が飛躍的に向上します。ぜひ参考にしてみてください。
●トリガー日記をつける
「トリガー日記」とは、自分がギャンブル衝動に駆られた瞬間を記録する日記のことです。方法はシンプルですが非常に効果的です。具体的には、ノートやスマホのメモ帳に次のような項目を書き留めます。
- いつ・どこで衝動が起きたか(日時・場所)
- そのときの状況(何をしていたか、周囲に誰がいたか、直前にどんな出来事があったか)
- 感じた気持ち・考え(そのとき頭に浮かんだ思考や感情。「◯◯したい」「△△かもしれない」等)
- 取った行動の結果(耐えられずギャンブルしてしまったのか、何とか踏みとどまれたのか。その結果どんな気分になったか)
例えば、「7月10日 18時、自宅で一人でテレビを見ていたらオンラインカジノのCMが流れ、急に心臓がドキドキして『ちょっとならいいかも』という考えが浮かんだ。落ち着かずスマホを手に取ったが、水を飲んで深呼吸し5分我慢した。結果、衝動は収まりギャンブルせずに済んだ。達成感あり。」——このように書きます。ポイントはできるだけ具体的かつ正直に書くことです。
日記をつけてしばらく経つと、自分の中の「トリガー(誘因)」が見えてきます。「どんな状況で欲求が高まりやすいか」「どんな考えが浮かぶか」「対処法は何が有効だったか」などがパターンとして掴めてくるでしょう。例えば「仕事帰りの夜に一人でいると危ない」「給料日直後にストレスがあると危ない」など、自分なりのハイリスクな状況が判明します。それが分かれば、今後その場面を避けたり対策を講じたりできます。あるいは「こういう考えが浮かぶと負けやすい」と気づけば、その考えを打ち消す訓練(認知の修正)も可能になります。
このようにトリガー日記は客観的な自己分析ツールとして大いに役立ちます。最初は面倒に思えるかもしれませんが、衝動に襲われた瞬間をむしろ観察・記録することで、「自分は衝動をコントロールできている」という自信にも繋がります。ぜひ今日から一週間、試しに記録してみてください。きっと新たな発見があります。
●ABCモデルで衝動を分析する
次に紹介するのはABCモデルという行動分析のフレームワークです。これは先行刺激(Antecedent)- 行動(Behavior)- 結果(Consequence)の頭文字を取ったもので、衝動的な行動の裏にある原因と結果を整理するのに用います。ギャンブル依存の場合、「なぜその瞬間に賭けてしまったのか?」をひも解くために活用できます。具体的には以下の通りです。
- A(先行刺激): 衝動が生じる直前の状況やきっかけ。日時・場所・出来事・自分の状態などを指します。
- B(行動/信念): 実際に取った行動、およびそのとき頭にあった考えや信念。ギャンブルした場合はその行動自体、踏みとどまった場合も含め「心の中で何を思ったか」を洗い出します。
- C(結果): 最終的に生じた結果や感情です。ギャンブルをしてしまったならその勝敗や喪失、感じた後悔・安堵など。踏みとどまったならそのときの気持ち(達成感や不安の継続など)。
例えば、ある中年男性のケースを見てみましょう。
- A(状況): 「月末の給料日。仕事で疲労と達成感が入り混じった帰宅途中、駅前で煌々と光るパチンコ店のネオン看板が目に入った。」
- B(信念・行動): 「心の中で『今日は給料日だし少しくらい遊んでも大丈夫だろう』『最近忙しかったんだから一息つきたい』と考えた。そして『この前負けが続いたから今日は勝てるかもしれない』という期待も抱き、気づくと店に足が向かっていた。」
- C(結果): 「そのまま何時間も遊技台に没頭し、最初は高揚感を得たものの結局給料の大半を使い果たしてしまった。深夜に財布が空になって帰宅し、激しい後悔と自己嫌悪に襲われた。」
このケースをABCモデルで整理すると、「Aという出来事自体が直接ギャンブル行動を引き起こしたのではなく、Bでの『少しなら大丈夫』『勝てるはずだ』という信念が衝動を生んでいる」ことが分かります。セラピストと本人はBの信念に注目し、「負けが続けば次は勝てるはず」という考えに対して「過去にも同じように考えて賭け続けた結果さらに負けを重ねたことが何度もあったよね」と事実を検証しました。こうして誤った思い込みを論破し、「給料日だろうがギャンブルをすればお金を失うリスクが高い」「ストレス解消にギャンブルは逆効果で、後で罪悪感が増すだけ」という現実的な認識を本人が得られたのです。
このようにABCモデルを使うと、自分の衝動の裏にある自動思考や信念を炙り出すことができます。A(状況)は避けがたいものもありますが、B(そのときの考え方)は訓練で修正可能です。「◯◯だから大丈夫」という都合の良い誤信念に気づければ、「本当にそうか?過去の経験と照らし合わせてみよう」と踏みとどまれるようになります。ぜひあなた自身のエピソードでも試してみてください。紙にA・B・Cの欄を作り、思い出せる範囲で書き出して分析してみるのです。最初は難しく感じるかもしれませんが、繰り返すうちに衝動を俯瞰する目が養われ、次に同じ状況に出くわした際「またこのパターンだぞ、自分は今誘われているぞ」と冷静に気づけるようになります。ABCモデルは衝動に振り回されない自分を作る強力な武器です。ぜひ活用してみてください。
セルフチェック:あなたの状態を確認しよう
最後に、セルフチェック機能を使って今の自分の状態を客観的に把握してみましょう。以下のチェックリストや質問に答えることで、あなたが現在どの回復ステージにいるのか、衝動にどう対処できているのかを自己評価できます。気軽な気持ちで試してみてください(結果は記録されませんので安心してご利用ください)。
【セルフチェック】衝動への対処状況
最近1ヶ月間のあなたに当てはまるものにチェックを入れてください。
おわりに:あなただけじゃない、一緒に乗り越えよう
長文のガイドをここまで読んでいただきありがとうございます。ギャンブル依存からの回復の道は、時に孤独で険しい戦いに感じられるかもしれません。しかし、ぜひ心に留めておいてください。あなたは決して一人ぼっちではないということを。衝動に負けてしまった日、自分を責めて布団の中で泣いた夜、そんな経験を持つ人は世の中に大勢います。そして、彼らの多くが仲間や支援者と出会い、試行錯誤しながら衝動の波を乗り越え、今も回復を続けています。
このガイドで紹介した対処法や考え方は、先人たちの知恵や専門家の知見を基に作成しました。それでも実践してみると「うまくいかない」「それでも苦しい」という場面もあるでしょう。そんな時はどうか諦めずに、もう一度この文章を読み返してください。そして、必要であれば遠慮なく専門の支援に手を伸ばしてください。相談機関や自助グループ、医療機関には、あなたと同じ苦しみを理解し、支えてくれる人が必ずいます。
最後に、冒頭でご紹介したエピソードの彼も、再発を乗り越えた今、穏やかな笑顔でこう語っています。「衝動に負けない一番の勝利は、今日一日をギャンブルなしで過ごせたこと。それを積み重ねていけば、いつの間にか楽になっていました」と。そう、回復は「今日」という日の積み重ねです。どうか焦らず、自分を責めすぎず、今日できる一つのことに取り組んでみてください。それが明日の自信に繋がり、明後日のあなたをきっと助けてくれます。あなたの回復を心から応援しています。一緒に、穏やかな未来を目指していきましょう。
参考文献
- 札幌太田病院 各種依存症 – 「依存症は『否認の病』と呼ばれ、問題が生じていることや自分が依存症であることを否定し、認めても過小評価しがち」 (医療法人耕仁会札幌太田病院)
- Verywell Mind: Stages of Change Model – “There are four main stages in this model: precontemplation, contemplation, preparation, and action. Maintenance and relapse are also sometimes included as additional stages.” (Verywell Mind, 2023)
- Better Health Channel – ギャンブル: 習慣を変える方法 – ギャンブル問題改善のための戦略(代替活動の模索や高リスク状況の回避等)について解説 (豪州ビクトリア州政府)
- 依存症標準治療プログラム(ギャンブル障害)STEP-G – 国立病院機構久里浜医療センターによる認知行動療法プログラム。衝動記録(1週間の活動記録表)について記載
- Gambling Help Online – Understanding urges – “Urges will go away if we don’t act on them…think of urges like waves in the ocean. They build to a peak and then flow away.” (オーストラリア ギャンブルヘルプオンライン)
- Fort Behavioral Health – Combatting Cravings – “Most cravings last only about 10 minutes. If you can get over the hump at the beginning of the craving, it will ease.” (Fort Behavioral Health, 2019)
- Gambling Therapy – ギャンブルへの衝動を止めるには – 衝動対策として「準備する」「誰かと話す」「気を散らす」等を推奨
- Gambling Help Online – Urge Management Strategies – 衝動に対処するためのステップ(その場を離れる、深呼吸で落ち着く、気を逸らす等)を具体的に解説
- ギャンブル依存症の症状チェック – 「ギャンブルをやめると、いらいらする・落ち着かなくなる」「不安や抑うつから逃れるためにギャンブルをすることが多い」といった特徴を指摘(久里浜医療センター)
- Gambling Help Online – Lapse and Relapse – “A return to gambling is a common part of the recovery process and doesn’t mean you’ve failed.”(ギャンブルへの一時的な逆戻りは回復過程でよくあることで、決してあなたの失敗を意味しない)
- ココマネサポート 永岡智樹「やめようとしない」という選択 – 回復者の体験談より。「衝動は波。ピークを越えれば衝動=行動にならなくなることが多い」など実践的アドバイスを紹介