はじめに:ギャンブル依存症と変化のプロセス
ギャンブル依存症(「ギャンブル障害」)は本人の意思だけでは制御が難しい深刻な問題です。日本では生涯でギャンブル依存症に陥ったことが疑われる人が成人の約3.6%(約320万人)に上ると報告されています 。しかし専門治療につながる人はごく一部で、ギャンブル問題を抱える人のうち治療を受けているのは10人に1人ほどに過ぎません 。ギャンブル依存症は米国精神医学会DSM-5でもアルコールや薬物と同じ「物質関連障害」カテゴリーに位置づけられた行動嗜癖であり 、脳内報酬系への作用など医学的にも実態が解明されつつあります。また「意思の弱さ」「性格の問題」ではなく、誰にでも起こり得る心の病気だと専門家は強調しています 。
もっとも、当事者が自分の問題を認めて助けを求めるのは容易ではありません。依存症は「否認の病」とも呼ばれ 、本人は深刻な問題が起きても「自分は大丈夫」「たまたま運が悪いだけ」と考えがちです。こうした心理的抵抗のため、周囲が心配しても本人は「自分に限って依存症のはずがない」と思い込み、治療や支援につながりにくい傾向があります。では、どうすればこの状況を打開できるのでしょうか。
ポイントとなるのが、心理学で提唱されている「回復ステージ理論」(変化のステージモデル)です。プロチャスカとディクレメンテが提唱した行動変容の段階モデルによれば、人が問題行動を変える過程は連続したステップ(段階)に整理できます 。具体的には、問題を自覚していない段階から始まり、問題を認識して迷い始める段階、変化を決意し準備する段階、実際に行動を起こす段階、そして新しい生活を定着させ維持する段階へと進みます (最後に再発予防も含める場合があります)。人はこの順序で段階を踏むことが多いですが、必ずしも一直線ではなく行きつ戻りつすることもあります 。それでもこのモデルは依存症からの「自然回復」を分析して生まれたもので、回復プロセスを理解し効果的な支援策を立てる指針として広く用いられています 。
自分が今どの段階にいるかを知ることは、適切な対策を選ぶ上で非常に有用です。研究でも、変化のステージに合った支援を受けた方が治療の継続率・成功率が高まることが示されています 。例えば、「実行期」に入っている人は回復の成果を出しやすく、逆に「否認期」のままでは治療からドロップアウトしやすいことが報告されています 。そこで本記事では、ギャンブル依存症からの回復過程をステージごとに解説し、各ステージの特徴や心の状態、チェックリスト、そしてステージに合わせた対応策を紹介します。当事者であるあなたが自分の現在地を確認し、次に取るべき具体的な行動を見いだす一助となれば幸いです。
ステージ1:否認期 –
問題を認められないとき
<このステージの心理と行動の特徴> ギャンブル依存症の回復プロセスの第一段階は「否認期」です。本人はまだ自分に問題があるとは認めていません。周囲から見れば明らかにギャンブルで生活に支障が出ていても、当人は「自分は依存症ではない、大丈夫だ」と思い込んでいます。「あと一回大勝ちすれば取り返せる」「自分はまだコントロールできている」といった楽観的・自己正当化的な考えが典型的です。実際、この時期の当事者は自分の行動を問題だと捉えておらず 、ギャンブルによる深刻なマイナス結果が出ていてもそれを過小評価したり否定したりします 。専門家によれば、どれほどひどい状態でも認めようとしないこの心理的抵抗こそが依存症の中核的な症状なのです 。
依存症全般が「否認の病」と呼ばれるゆえんも、まさにこの段階にあります 。本人は周囲からの忠告に耳を貸さず、問題を直視できません。例えば、月に何十万円もの負けが続き借金が膨らんでいても、「今回は運が悪かっただけ」「次はきっと勝てる」と信じ込み 、ギャンブルをやめる必要性を感じません。また、「自分は他の人とは違う」「いつでも止められる」という過信も見られがちです。このように客観的には危機的状況でも、本人の認識は甘く危機感に乏しいのが否認期の大きな特徴です。
※判定の目安: 上の質問にYesが多い場合、あなたは現在この「否認期」にいる可能性が高いでしょう。他人から見ればギャンブル問題は明白でも、本人は深刻さを実感できていない段階です。このステージでは無理に現実を突きつけられると反発しがちで、かえって問題を隠そうとすることもあります。まずは「問題に気づく」ことが次のステージへの目標になります。
<このステージの対応策と目標>
- 本人にできること: 否認期の最大の課題は自分の問題を自覚することです。まずは冷静に事実を見つめる機会を作りましょう。一度、自分のギャンブルの実態を書き出してみるのも有効です(頻度、使った金額、負債額など客観的データを可視化する)。日々の収支を記録してみると、後から見て「こんなに使っていたのか」と気づきを得られることがあります。また信頼できる第三者(友人や専門窓口)に現状を相談してみるのも良い一歩です。専門家は、否認や抵抗を示す人に強引な説得は逆効果だと指摘します。実際、動機づけ面接(Motivational Interviewing)というカウンセリング手法では、無理に否認を打ち破ろうとせず「変わる準備がまだできていない人」と捉えて傾聴し、本人が自ら矛盾に気付くのを支援します 。まずは「困っていることは何もないか?」と自分に問いかけ、小さな不安でも自覚できたらそれを糸口にしましょう。「本当はこのままで良くないかも…」と少しでも感じられたら、次の段階は目前です。
- 家族・周囲にできること: 否認期の本人に直接「やめさせる」ことは容易ではありません。本人はまだ問題の自覚がないため、強い説得や非難はかえって逆効果になり得ます。まず家族が留意すべきは、「イネイブリング(enabling)」=問題を間接的に助長してしまう関わり方を避けることです。典型例は借金の肩代わりです。例えばギャンブルで作った借金を家族が肩代わりし「今回だけよ」と帳消しにすると、本人は痛みを感じずに済むため「少しやりすぎたかな」程度の反省でまたギャンブルを続けてしまいます 。善意で手助けしたつもりが結果的に問題行動を可能にしてしまう―これがイネイブリングです 。家族は毅然と対応し、借金などギャンブルの尻ぬぐいは絶対にしないことが鉄則です 。本人に経済的・社会的責任を負わせない限り、自覚と動機づけは生まれません。
次に、本人が現実に直面し始めたタイミングを逃さず専門治療や自助グループにつなげることが重要です。借金問題が表面化し追い詰められた時こそ、家族は「治療すれば回復できるから一緒に支援に繋がろう」と強く提案してください 。この際、親戚や友人など周囲の協力者を増やし複数人で本人に働きかけると効果的です。複数の家族が一致団結して「本気で良くなってほしい」と伝えることで、本人も重い腰を上げやすくなります 。なお、「二度としない」という誓約書を書かせるだけでは問題の根本解決になりません。専門医療や自助グループ参加など治療的アプローチに繋げることが最優先である点に留意しましょう 。
ステージ2:関心期 –
問題に気づき迷い始めるとき
<このステージの心理と行動の特徴> 「関心期」(熟考期とも)では、本人は徐々に「自分はこのままで良いのだろうか?」と問題に気づき始めます。否認期と比べればギャンブルによる弊害を自覚しつつありますが、まだ迷いの中にいる段階です。ギャンブルをこのまま続けるべきか、それとも止めるべきか、頭の中で「やめたい気持ち」と「続けたい気持ち」の綱引きが起こっています。このため心理的には非常に両面的(アンビバレント)で、不安定な状態です 。
たとえば、「借金も増えてきたしこのままではいけない」という思いが芽生える一方で、「でも今やめてしまったら損をしたままだ」「もう一度大きく当ててからきっぱりやめよう」といった考えも頭をもたげます 。この段階の人はギャンブルの長所と短所を天秤にかけている状態とも言えます 。ギャンブルをやめた方が経済的・対人的に良いことは分かってきたものの、ギャンブル自体から得られるスリルや快感、現実逃避できる心地よさを失うのが怖いのです。「ギャンブルをやめればお金の問題は解決するかもしれない。でも楽しみがなくなってしまうのでは?」といった葛藤が典型でしょう。
重要なのは、この時期の人は決して怠惰なわけでも嘘つきなわけでもなく、心の中で本気で葛藤しているという点です。頭では「このままではマズい」と分かっているのに、依存による快感や習慣を断ち切る決心がまだつかない…これは人間として自然な反応です。専門家はこの関心期を「変化に向けて気持ちが揺れている状態」と説明します 。そのため、無理やり即断即決させようとしても逆に抵抗を生んでしまいます。実際、関心期の人は「熟考はしているが行動に移れない状態」で長く足踏みしがちであり、これを心理学では「慢性的な熟考状態(Chronic Contemplation)」とも呼びます 。この段階が長引くと、問題を認識しながらズルズルとギャンブルを続けるという辛い状況が続いてしまいます。
※判定の目安: Yesの数が多いほど、あなたは今「関心期」にいる可能性が高いでしょう。ギャンブルの弊害はなんとなく感じているものの、踏ん切りがつかず迷っている状態です。このステージでは変化へのコストとメリットを検討している段階とも言えます。「やめたいけどやめられない…」という葛藤は辛いですが、それだけ問題と真剣に向き合い始めた証拠でもあります。否認期に比べれば大きな前進です。
<このステージの対応策と目標>
- 本人にできること: 関心期のあなたにまず取り組んでほしいのは、頭の中で漠然と考えている「やめた場合のメリット・デメリット」「続けた場合のメリット・デメリット」を紙に書き出して可視化することです。メリット・デメリットは経済面だけでなく、健康、人間関係、仕事など広い視点で挙げてみましょう。例えば「ギャンブルをやめれば借金は減るし家族も安心する(メリット)が、ストレス発散の手段がなくなるかも(デメリット)」といった具合です。書き出してみると、自分が何に未練を感じ何を恐れているのか整理できます。そしてデメリットへの対策も考えてみましょう(例:「ストレス発散がなくなる→運動や趣味で発散する方法を試す」等)。頭の中で考えているだけでは不安ばかり大きくなりがちですが、具体策とセットで検討することで「やめる」選択への現実味が増します。実際、専門治療でも動機づけ強化の一環としてこの作業が奨励されます。また、可能であれば依存症についての情報収集や回復者の体験談に触れてみるのも有効です。「自分と同じように悩んでいた人が回復できた」という事実は大きな勇気になりますし、「治療すれば意外と楽しみは失われないんだな」と前向きに捉えられるかもしれません。
さらに、「お試し」で専門機関や自助グループの扉を叩いてみることも検討してみてください。半信半疑のままでも構いません 。「自分は依存症なのかも?」「治療を受けると何が得られるのか?」――そんな疑問を確かめに行く感覚で、一度相談会やミーティングに参加してみましょう。実際、ある専門家は「本人が半信半疑でもいいから回復プログラムに参加してみることが大切」だと言います 。他の当事者の話を聞けば、新たな気付きがあるはずです。関心期の目標は「やめる決意を固めること」ですが、そのためには情報収集と小さな体験が有効です。ぜひ一歩踏み出してみてください。 - 家族・周囲にできること: 本人が揺れ動いているこの段階では、家族は責めず焦らせず、しかし問題の現実を共有するというバランスが大切です。本人が「やめた方がいいのは分かってる…でも…」と苦しんでいるなら、「そうだよね、やめた方がいいとは思うんだよね」とその気持ちに共感を示しつつ、「私もあなたが経済的・精神的に楽になるよう手伝いたい」と寄り添ってください。大事なのは、本人が自分で「やめよう」と決断できるようサポートすることです。説教や断罪は逆効果ですが、だからといって黙認してはいけません。例えば「最近お金のことで悩んでいるみたいだけど大丈夫?」「もしギャンブルを減らしたいと思ったら一緒に方法を考えようか」といった形で、本人のペースで自己開示できる場を作りましょう。関心期の人はまだ行動に移す準備はできていません 。したがって家族としては「すぐ治療しなさい」と迫るのではなく、情報提供と相談提案にとどめるのが賢明です。「もし専門のカウンセリングを受けたらどんな良いことがあるんだろうね。一度話聞いてみる?」と提案し、あくまで選択権は本人に委ねます。このように本人の自主性を尊重しつつ、専門支援へのきっかけを作ることが家族にできるサポートです。
また、前ステージに引き続きイネイブリングに注意してください。関心期とはいえまだ再発・悪化の可能性があります。借金の肩代わりや嘘の隠蔽などは決して行わず、経済的な管理は厳正に。むしろ本人が「やはり辛い」と感じることで初めて覚悟が決まるケースも多いのです。家族自身も相談機関に助言を求めつつ、本人の背中を押すタイミングを見計らいましょう。
ステージ3:準備期 –
変わると決めて行動を計画するとき
<このステージの心理と行動の特徴> いよいよ「準備期」になると、本人は「ギャンブルをやめる(減らす)決心」を固めています 。関心期での迷いを経て、「自分は依存症だ。このままではいけない。変わろう」と具体的な意思決定がなされる段階です 。本人にとっては大きなターニングポイントと言えます。決心がついたことで心理的にはある種の覚悟と安堵が入り混じった状態でしょう。「もうギャンブルには振り回されたくない、変わるんだ!」という前向きな気持ちと同時に、「本当に自分にやめられるだろうか…」という不安も少なからず抱えているかもしれません。しかし総じて、否認期・関心期に見られた大きな迷いは減り、問題と向き合う覚悟が決まった状態です。
行動面では、この段階の人は実際に行動を起こす準備を始めます。例えば「〇月〇日からギャンブルを断つ」と具体的な目標日を設定したり、近隣の依存症専門医療機関や自助グループを調べたりといった動きです。すでに小さな行動変容を始めている場合もあります。例えば財布に最低限の現金しか持たないようにし始める、パチンコ屋や競馬場の前を通らないよう通勤経路を変えてみる、といった具合です。つまり、「変化のための具体策」を本人なりに検討し始め、実行計画を立てているのが準備期の特徴です 。専門的にはこの時期の人々は「行動に移す意志があり、近い将来(通常は1か月以内)に行動を起こす予定」だとされます 。
注意すべきは、準備期は行動変容の入り口であり、まだ成功したわけではない点です。決心したとはいえ、これから実際に実行に移す段階を迎えると新たな困難も出てきます。だからこそ、準備期のうちに綿密な計画と環境整備をしておくことが回復成功の鍵となります。この段階のモチベーションは高いので、焦らず計画づくりにエネルギーを注ぐことが望ましいでしょう。
※判定の目安: Yesが多い場合、あなたは今「準備期」にいると考えられます。変わると決断したあなたは素晴らしい段階に来ています。しかし油断は禁物です。このステージは行動変容の助走期間であり、しっかり助走をつけないと次の実行期に跳べずに後戻りしてしまう恐れもあります。せっかくの高い動機を具体的な成功につなげるため、できる準備はすべて整えておきましょう。
<このステージの対応策と目標>
- 本人にできること: 準備期のあなたの目標は、ずばり「実行期でつまずかないための万全の準備をすること」です。まず、具体的かつ現実的な計画を立てましょう。「明日から絶対やめる!」と気負いすぎず、「〇月〇日からスタート」と少し先の日付を定め、その日までは準備期間と位置づけます 。計画には以下の要素を盛り込むと良いでしょう。
- 専門家への相談計画: 依存症専門の医療機関や地域の精神保健福祉センター、自助グループ(GA=ギャンブラーズ・アノニマスなど)の利用を検討しましょう。すでに情報収集をしている場合、それらの初回相談日やミーティング参加日を決めてしまいます。「〇月〇日に〇〇クリニックの初診予約を取る」「〇曜日のGAミーティングに参加してみる」など、日時まで決めると実行に移しやすくなります。専門機関への連絡が不安なときは、まずは各地の無料相談窓口を利用するのも良いでしょう。たとえば国の「ギャンブル依存症相談電話」は24時間365日、専門の相談員が匿名で話を聞いてくれます 。こうした窓口でアドバイスを受け、適切な医療や自助グループを紹介してもらうのも一つの手です。
- 身近な人への協力依頼: 一人で全てをやめようと抱え込まず、信頼できる家族や友人に今の決意を伝え協力をお願いしましょう。「恥ずかしい」と思うかもしれませんが、周囲の理解と支えは回復の大きな助けになります。具体的には、金銭管理を代わりにやってもらうのが極めて有効です。ギャンブル資金に使えるお金を持たないよう、キャッシュカードやクレジットカードを預け、必要経費以外は家族に管理してもらう方法があります。また、給与振込口座を家族と共有にしてもらう、財布に入れる現金額を決めて家族とチェックし合う、といった工夫も考えられます。実際に専門家も「まず全ての金銭問題を正直に明らかにし、専門家(司法書士や弁護士)の力を借りて整理すること」が重要だと指摘しています 。借金がある場合はこの段階で債務整理の計画も立てておきましょう(法テラスや消費生活センターに相談すれば適切な窓口を案内してもらえます )。金銭面の不安が少し解消されるだけでも、心に余裕が生まれギャンブルから離れやすくなります。
- 環境調整: 実行期に入る前に、ギャンブルの誘因となるものを生活から排除しておきます。例えばパチンコ・スロットがやめられない人は会員カードや貯玉を処分し、もうホールに行かない宣言として出入り禁止措置(自己排除)を利用する手もあります。競馬・競艇などオンライン賭博の場合は、自分のスマホやPCから関連アプリやブックマークを削除し、ログインIDも破棄しておきましょう。「やめる」と決めた後でも、人間はふとした拍子に誘惑に負けるものです。ですから、初めから「物理的・心理的ハードル」を作っておくことが有効です 。ギャンブル関連の広告メールを受け取らないよう配信停止する、通勤路からギャンブル施設を避ける、新しい趣味の予定を週末に入れておく…できる準備はすべてやっておきましょう。
- 家族・周囲にできること: 本人が「やめる」と決意したのは大きな前進です。家族としてまずその決意を尊重し、最大限の協力を惜しまない姿勢を示しましょう。「よく決心したね。できる限り助けるから一緒にがんばろうね」と伝えるだけでも、本人の心強さは大きく違います。具体的な支援策としては、金銭管理のサポートが最重要です。前述のとおり、カード類や現金の管理を家族が引き受けましょう 。お小遣い制にしたり、家族がATM同行して必要額だけ引き出す方式にするなど、家庭ごとに工夫してください。最初は本人も不自由に感じるかもしれませんが、「信用できないから管理する」のではなく「再出発を成功させるために一時的に協力してほしい」という建前にすると受け入れやすいでしょう。
次に、専門機関への受診同行も検討してください。本人が一人で相談窓口に行くのを不安がる場合、家族が付き添ってあげるとハードルが下がります。また各地の精神保健福祉センターや自助グループでは家族向けの相談会も開催されています 。家族自身も積極的に参加し、知識を深めるとともに他の家族と情報交換すると良いでしょう。
さらに「再発防止の環境づくり」にも協力が必要です。例えば自宅にギャンブル関連の雑誌や番組を置かない、ギャンブル仲間からの連絡を遮断する手助けをする、といったことです。賭け事に使える時間とお金を極力減らす環境を一緒に整えてください。最後に、家族として心構えも持ちましょう。準備期とはいえ、これから実際の断ギャンブルが始まれば本人には相当のストレスがかかります。イライラしたり落ち込んだりする日もあるでしょう。そんな時に支えとなるよう、「あなたの味方だ」という姿勢を常に示してください。決意した本人を過度に疑ったり責めたりせず、ポジティブな声かけを心がけましょう。「一緒に頑張ろうね」「無理しすぎないでね」といった思いやりが、本人のモチベーション維持に繋がります。
ステージ4:実行期 –
断ギャンブルを実践する段階
<このステージの心理と行動の特徴> 「実行期」は、いよいよ本人が具体的な行動変容を起こしている段階です 。準備期で立てた計画に従い、実際にギャンブルを断つ(あるいは大幅に減らす)行動が始まります。言わば回復プログラムの本番ステージです。実行期に入った当初、本人は強い決意と高い意欲を持っていることが多いでしょう。「もう二度と同じ過ちを繰り返さない!」という気持ちで、新しい生活に踏み出しているはずです。その一方で、ギャンブル衝動そのものが魔法のようになくなるわけではありません。特に開始直後の数週間~数か月は離脱症状(イライラ、不眠、落ち着かなさ等)や誘発要因(トリガー)に苦しむことがあります。例えば、給料日になると無性にパチンコに行きたくなるとか、テレビで競馬のCMを見るとソワソワしてしまう、といった具合です。実行期の心理状態は決意と不安が綯い交ぜであり、「今日はとにかくギャンブルをしないでおこう」と一日一日を乗り越えているイメージです。専門家によれば、この時期は多くの人が強い再燃欲求と闘っているため、周囲から見ると気力で頑張っているように映るでしょう。しかし大切なのは本人が一人で抱え込まないことです。後述するように、周囲や専門家の支えを得ながら進むことが成功率を高めます。
また実行期では、具体的な生活の変化が次第に現れます。ギャンブルに費やしていた時間がぽっかり空くため、最初は戸惑うかもしれません。その時間を埋めるために、新しい趣味や運動、勉強など何かしら代替行動を始める人も多いです。経済面でも変化が出ます。給料や手持ちのお金がギャンブルに消えないため、借金返済に充てたり貯金できたりといった成果が少しずつ見えてくるでしょう。こうしたポジティブな変化は本人の自信とモチベーションを高める効果があります。「ギャンブルをやめたおかげでお金が残った」「家族から信頼され始めた」など、小さな成功体験の積み重ねが次の維持期への力になります。
※判定の目安: ほとんどYesであれば、あなたは「実行期」に入っています。この段階は回復の大きな山場です。初期の頃は誘惑に負けてスリップ(一時的な再飲酒ならぬ「再賭博」)してしまう人も珍しくありません。しかし一度や二度のスリップで落胆しすぎないことも大事です。 でも述べられているように、スリップはあってもすぐ立て直すことが肝心です。「まだ始めたばかりなんだから、完璧にできなくて当たり前。大事なのは続けること」と自分に言い聞かせ、再び実行に移りましょう。
<このステージの対応策と目標>
- 本人にできること: 実行期のあなたは、まず自分を称賛してあげてください。意を決して行動に移せたこと、それ自体が大きな成果です。ただし油断は禁物。引き続き計画を忠実に守り、支援を活用することが目標です。具体的なポイントを挙げます。
- ルール遵守: 準備期に決めたお金や時間のルールを引き続き厳守しましょう。特に金銭管理の約束は徹底してください。自分の裁量で使えるお金が増えると誘惑に負けやすくなります。家族預けや財布の現金上限など取り決めを守り、「賭けられるお金を持たない生活」を続けましょう。また通勤・通学路や交友関係のルールも守ります。最初の数か月は自己コントロールに自信を持ちすぎないことが大切です。「自分はもう大丈夫」と思ってパチンコ店の前を通りかかったりすると、思わぬ誘惑に襲われる可能性があります 。まだリハビリ中なのだと心得、慎重すぎるくらいでちょうど良いのです。
- 代替行動の実践: ギャンブルの穴を埋める健全な活動をどんどん取り入れましょう。趣味や運動、ボランティア、勉強、仕事に打ち込む等、暇とストレスをできるだけ残さない工夫をします。特に土日祝や給料日直後など、自分にとって危ないタイミングがあるはずです。その日はあらかじめ予定を詰め込んでおく、信頼できる人と過ごす約束をするなどして高リスクな隙を作らないようにしましょう 。実際、暇や孤独、ストレスは大きなトリガー(誘因)になります 。自分の引き金を把握し 、それらを避ける or 乗り越える術(代替行動や対処法)を日頃から練習しておくことも大事です 。「この状況では危なくなる」というパターンが分かってきたら、ノートに書き出し「そうなったら○○しよう」と対策まで決めておきましょう。例えば「仕事で大きなミスをした→衝動的にパチンコに行きたくなる傾向がある→その日は代わりにジムに行って汗を流す」といった具合です。トリガーは完全になくなることはありませんが、備えておけば適切にかわすことができます 。
- 支援の積極活用: 実行期において専門家・ピアサポートの利用は成功率を大きく高めます。自力で頑張りすぎないでください。カウンセリングや医療プログラムに継続して参加しましょう。また自助グループ(GA等)の定例会にも可能な範囲で通い続けてください。専門家によれば、依存症の人は調子が良くなると「もう自分で治せる」とプログラム参加をやめてしまいがちですが、早期に離脱すると再発率が上がるといいます 。最低でも半年~1年は治療や自助グループに積極的に関わり続けることを目標にしましょう 。仲間の体験談を聞いたり、自分の気持ちを話したりする場は回復にとってかけがえのない支えです。実際、「同じ問題を持つ仲間と定期的に集まり、お互いの経験を分かち合うことが最も大切だ」と専門家も述べています 。恥ずかしがらず、オープンマインドで支援を受けてください。治療プログラムや自助グループに真剣に取り組む人ほど、長期的な回復が安定することが経験的にも知られています 。
- 家族・周囲にできること: 実行期の本人にとって、家族の支えは引き続き重要です。まずこれまでの努力を心からねぎらい、承認する言葉を惜しまないでください。例えば「最近頑張ってるね、表情が明るくなった気がするよ」といった一言は、本人の自己肯定感を高めます。依存症からの回復には自己肯定感の回復が不可欠と言われます。家族はぜひポジティブな変化に注目し、それを本人に伝えてあげましょう。
また、引き続き金銭管理や時間の過ごし方について見守りと協力を続けます。例えば給与管理をしている場合は、毎月収支の報告を本人と一緒に確認し、借金返済が順調に進んでいるなら「着実に減ってきたね」と一緒に喜びましょう。決して途中で管理を放棄せず、約束した期間続けることが大切です。本人が「もう大丈夫だから任せて」と言っても、焦らず慎重に。「約束の○か月までは管理しよう」と伝え、リスクを減らします。
本人が治療や自助グループに通っている場合は、それを尊重し最優先にさせてあげてください。ミーティングの日には家事育児を代わってあげる、送迎してあげる、あるいは「行っておいで」と送り出す言葉をかけるだけでも良い支援です。逆に「また会合?休んだら?」などと言ってしまうのは御法度です。周囲の理解がないと本人は続けにくくなってしまいます。回復プログラムへの参加継続は長期回復の生命線なので、最優先できる環境を整えてあげましょう 。
最後に、家族自身も息抜きを忘れないでください。実行期は本人も大変ですが、サポートする家族にも緊張が走り疲弊しがちです。必要に応じて家族向けの自助グループ(ギャマノンなど) やカウンセリングも利用し、心身の健康を保ってください。家族が安定して支えられることが、本人の回復にもつながります。
ステージ5:維持期 –
回復を持続し安定させているとき
<このステージの心理と行動の特徴> 「維持期」とは、ギャンブルの問題行動を止めて新しい生活パターンが定着しつつある段階です 。実行期を経て、一定期間ギャンブル無しの生活を続けられている状態と言えます。一般的には6か月~1年程度、問題行動を抑えられれば維持期とみなされます 。この頃になると、本人の心理状態にも大きな変化が現れています。かつては日常の中心だったギャンブルへの渇望がかなり薄れ、衝動に激しく駆られることは減ってきます 。もちろん完全になくなるわけではありませんが、「やめ始めの頃に比べれば、ギャンブルのことを考える時間が減ったな」「強い誘惑を感じても耐えられる自信がついてきた」という実感が出てくるでしょう。再発への不安よりも、「このまま回復を続けていけそうだ」という自己効力感が上回り始める時期でもあります 。また、生活リズムも安定してきます。浪費がなくなり借金が減り貯金が増える、人間関係のトラブルが減る、仕事に身が入るなど、さまざまな面で好循環が生まれているはずです。「お金や時間に余裕ができ、家族からの信頼も戻ってきた」「ギャンブルに支配されない生活ってなんて穏やかなんだろう」としみじみ感じることもあるでしょう。
しかし一方で、維持期には新たな課題も出てきます。それは慢心と油断です。調子が良くなるにつれ、「もう自分は大丈夫では?少しくらいなら…」という誘惑が頭をもたげることがあります 。例えば数か月間断っていた人が、「これだけ我慢できたんだから、自分はもうギャンブルと付き合えるはず」と考え、一度だけ…とスリップしてしまうケースです。依存症の領域では、回復途中で「治った」と思い込んでしまうこと自体が大きな落とし穴だと指摘されています 。実際、「たまたま1回やっただけ」がきっかけでずるずる再発する例は少なくありません 。維持期の心理として、このような過信や油断が出やすい点には十分注意が必要です。
※判定の目安: Yesが多い場合、あなたは「維持期」に入りつつあるでしょう。回復軌道に乗り、問題のない生活を続けられていることは素晴らしい成果です。ただし、維持期はゴールではなく新たなスタートとも言えます。この先もずっと再発リスクと付き合っていく必要がある点を忘れないでください。「自分はもう完全に治った」と考え油断することが、最大の落とし穴になり得ます 。ここからの目標は、今の安定を崩さず生涯にわたって回復を維持していくことです。
<このステージの対応策と目標>
- 本人にできること: 維持期のあなたは、これまで積み上げてきた断ギャンブルの成果に自信を持ってください。同時に、「自分は依存症である」ことへの謙虚さも持ち続けることが重要です。専門家の間では、依存症は糖尿病や高血圧のような慢性疾患にたとえられます 。つまり、完治の薬があるわけではなく、一生付き合っていくものだという考え方です。これは決して悲観的な話ではありません。現に多くの回復者が長年ギャンブルを断って健康な生活を送っています。ただ彼らは皆、「自分はもう治ったから何をしても大丈夫」とは考えず、常に適度な緊張感とセルフケアを維持しています。あなたもぜひ、これまで通りの自己管理と支援活用を習慣化し、「回復した自分」を一日一日積み重ねていく気持ちでいましょう 。具体的なポイントをいくつか挙げます。
- 支援継続: 引き続き専門家や自助グループとの繋がりを保ちましょう。調子が良くなるとミーティング出席者が減る傾向がありますが、ぜひ自身のメンテナンスの場として通い続けてください 。そこで得られる学びは尽きませんし、仮に身近でスリップした仲間の話を聞けば「自分も気を付けよう」と襟を正す機会にもなります 。GA(ギャンブラーズ・アノニマス)のモットーに「今日一日だけ賭けない(One day at a time)」という言葉があります 。まさに、長い人生を考えすぎず「今日も賭けずに済んだ」と積み重ねていくのです。そのためにも定期的な支援の場に参加し、自分の決意を新たにする習慣を維持しましょう。
- セルフケアと成長: せっかく取り戻した時間とお金を、ぜひ自分の成長に使ってください。依存症から回復した人の中には、かつてギャンブルに費やしていたエネルギーを仕事や趣味で存分に発揮し、人生を豊かに切り開いた方もたくさんいます。「ギャンブルに囚われない自分」にしかできないことに挑戦してみましょう。たとえば資格取得や新たなスポーツ、長年先延ばしにしていた目標への再チャレンジなどです。それらは自己肯定感をさらに高め、ギャンブルに戻る必要のない充実感を与えてくれるでしょう。もちろん日々のセルフケア(十分な睡眠、適度な運動、ストレス発散法の実践)も忘れずに。依存症はストレスや不健康な生活で再燃しやすくなります。自分を大切にする生活習慣をこれからも守ってください。
- 慢心への対処: 繰り返しになりますが、「もう大丈夫」は禁物です。万が一スリップしてしまった場合も、どうか過度に落ち込まずすぐ立ち直ってください。 にあるように、スリップはそれ自体失敗ではなく「戦略を見直すサイン」と捉えましょう。幸い、あなたは既に長期間ギャンブル無しで過ごせた実績があります。一度の失敗で「もうダメだ」と投げ出す必要は全くありません。むしろ、何が引き金で再発したのか分析し(油断してミーティングをサボっていた?ストレス管理が不十分だった?など)、今後に活かせば良いのです 。そして再び今日一日からやり直せばOKです。恥ずかしいことではありませんし、仲間も皆通る道です 。大切なのは続けること。「自分はまたやり直せる」と信じ、決して諦めないでください。
- 家族・周囲にできること: 維持期に至った家族に対して、周囲はまずここまでの努力と成果を心から称え、一緒に喜び合うことが大切です。問題に振り回されていた頃と比べ、穏やかな日常が戻ってきているでしょう。その当たり前の日々をかみしめ、「本当に良かったね」「頑張ってくれてありがとう」と伝えてください。これは本人にとって何よりの報酬になります。また、経済的にも安定してきたら、段階的に本人に信用を返していくことも検討します。例えば預けていたキャッシュカードを一部返す、一定額までの出費は任せてみるなど、本人の自己決定権を尊重する方向にシフトしましょう。ずっと管理されっぱなしでは本人も自立できません。ただし、一度に元通り解放するのではなく少しずつ様子を見ることがポイントです。
依存症の特性上、家族はどうしても「本当に治ったのだろうか?また裏切られるのでは?」という不安を抱えがちです。しかし疑いすぎると、せっかく築き直した信頼関係が壊れてしまいます。本人が正しい努力を続けている限り、過去のことを蒸し返したり詮索したりしないよう注意しましょう。せっかく平穏になった生活ですから、家族も回復前と同じ過ち(怒りや責め言葉)を繰り返さないことです。どうしても不安なときは、家族自身がカウンセリングを受けたり自助グループ(家族向けの「ギャマノン」など)で吐き出したりすると良いでしょう 。家族が心の安定を保つことが、本人の安定維持にもつながります。
最後に、再発リスクへの備えも家族と話し合っておくと安心です。例えば「もしまたギャンブルにのめり込む兆候が見えたらどうするか」という約束事を決めておきます。定期的にお互いの状況を確認し合う時間を作る、何か異変に気づいたときは早めに打ち明ける、といったルールです。依存症は再発の多い病気ですが 、早めに対処すれば大事に至らない場合も多々あります。家族が変に恐れすぎず冷静に対処するためにも、「困ったときは一緒に専門家に相談しよう」など事前の合意をしておくと良いでしょう。こうした備えがあれば、万一の揺り戻しがあっても家族ぐるみで素早く立て直すことが可能です。
ステージ6:再発予防期 –
さらなる安定と油断への対策
<このステージの位置づけ> 一般的な行動変容モデルでは主要なステージは上記の5つですが、依存症の回復では「再発予防期」に特に重きが置かれます。維持期と重なる概念ですが、長期的に再発を防ぎ続けることにフォーカスした段階と考えてください。ギャンブル依存症は完治を宣言できるタイミングが明確に存在しないと言われます。実際、断酒会やGAなど自助グループでは、たとえ10年20年再発がなくても自分のことを「治った」ではなく「今日も賭けずにいられた回復し続けているギャンブル依存症者です」と表現することが多いです。つまり、一度依存症を患った人は常に再発リスクと隣り合わせであり、回復とはそのリスクと生涯向き合い管理し続けていく営みなのです 。
再発予防期では、本人も家族もその認識を新たにし、油断のない長期戦の構えを取ります。具体的には維持期の対応策と大きく重なる部分もありますが、より長期的・継続的な視点で回復プランを捉え直します。例えば「この先も定期的に○○のミーティングに参加し続けよう」「5年後10年後もギャンブルに戻らないために○○を習慣化しよう」といった具合です。特に、人生には今後も様々なストレスイベント(転職、引っ越し、人間関係の変化、病気、災害など)が起こり得ます。そのたびに再発の誘惑が顔を出すかもしれません。再発予防期とは、そうした将来のリスクに備えて強固な自己管理スキルと支援ネットワークを構築する段階と位置づけられます。
⇒上記に全てYesと答えられるなら、あなたの再発予防体制は万全と言えます。Noがある場合は、ぜひ不足部分を家族や支援者と話し合いながら埋めてください。特に「自信がない」と感じる部分が残る場合、それ自体がリスクですので対策が必要です。例えば「仕事で大失敗したら衝動に耐えられないかも…」という不安があるなら、「そうなったらミーティングにいつもより多く出る」「カウンセラーに集中的に相談する」などあらかじめ具体的な再発防止策を決めておきましょう。
<このステージの対応策と目標>
- 本人にできること: 再発予防期のキーワードは「慢心せず、しかし恐れすぎず」です。まず慢心については維持期までに述べた通りですが、もう一つ大事なのは「恐れすぎない」ことでもあります。確かにギャンブル依存症は再発率の高い疾患で、多くの人が何度か失敗を経験します 。しかし統計はあくまで統計です。あなた自身はこれまで培ったスキルとサポートによって、再発せずに生きていくことも十分可能です。現に世界中に何十年も断ギャンブルを継続している人たちがいます。その意味で、「再発するかも…」と怯えて生活するのではなく、「きっとこの先も大丈夫。そのためにこれからもケアを続けよう」という前向きな姿勢でいてください。日々、これまで身につけた良い習慣(ミーティング参加、セルフケア、ストレス発散法など)を淡々と実践し続けることが、結果的に将来の安心につながります。
また、可能であれば次のステップとして「後輩の回復者を助ける」役割に挑戦してみてください。自助グループなどでは経験を積んだメンバーが新人のスポンサー(相談役)になる文化があります。あなたが先に歩む者として、自らの経験を語り新人を支えることで、自分自身の回復もより強固になります 。人にアドバイスするためには自分も崩れるわけにいきませんし、何より「誰かの役に立てている」という実感が自己肯定感を高め、ギャンブルに戻る必要性をさらに小さくします。
最後に、これまで支えてくれた家族や周囲への感謝を忘れないでください。あなた自身の努力はもちろん素晴らしいものですが、周囲の支援なしにはここまで来られなかった部分もあるでしょう。節目節目で感謝を言葉に伝えることで、周囲も安心し喜んでくれるはずです。その笑顔を見ることが、きっとあなたの「賭けない人生」の大きな原動力になるでしょう。 - 家族・周囲にできること: 再発予防期に入ったからといって、家族の役割が終わるわけではありません。とはいえ基本的にはこれまでの維持期同様、見守りつつ信頼する姿勢を続けてください。定期的に「最近どう?」と声をかけ、調子が良さそうなら「順調で何よりだね」と笑顔で伝えましょう。家族が心配性でいると本人も委縮してしまいます。良い意味で普段通りに接することが大切です。
ただし、何か兆候(家計の不明瞭なお金の動きや情緒不安定さなど)に家族が気づいた場合は、遠慮なく早めに指摘してください。「もし辛いことがあったら言ってね」「調子悪いならミーティング増やしてみたら?」と優しく促します。再発は早期発見・早期対応が肝心です。「うちの家族は誰も見捨てないから、もしもの時もすぐ一緒に対処しよう」と常日頃から伝えておくと、本人も打ち明けやすいでしょう 。
周囲の継続支援としては、引き続き家族自身のケアも怠らないことです。先述のギャマノンなど家族グループに参加し続けたり、時には依存症の知識をアップデートする勉強会に出てみたりするのも良いでしょう 。家族にとっても依存症問題は学びの連続です。同じ問題を持つ他の家族とのネットワークは、今後万一の事態にも心強い味方になります。
最後になりますが、あなた(家族)は長い回復プロセスを共に歩んできて、本当に頑張ってこられました。どうかご自身の努力も認め、大切にしてください。そしてこれからも、「今日は穏やかだったね。ありがたいね」と日々感謝し合える関係をぜひ続けてください。回復はゴールではなく、家族にとっても新しい生活の始まりです。これからも互いに支え合い、コミュニケーションを大切に歩んでいきましょう。「もうギャンブルに振り回されない私たち」の未来を、どうか明るく描いてください。
モチベーションが低い人への支援と言葉がけ
最後に、動機づけが低い状態にいる当事者への対応について触れておきます。この記事を読んでくださった方の中には、「頭では分かっているけど、どうしてもやる気が出ない…」と感じている方や、ご家族で「本人が全くその気になってくれない」と悩んでいる方もいるでしょう。モチベーションが低い=もう望みがない、では決してありません。依存症の回復は誰もが最初は腰が重いものです。大切なのは、そうした人たちに適切なタイミングで適切な働きかけをすることです。
- 本人がまだやる気になれない場合: 無理に自分を奮い立たせる必要はありません。ただ、「このままで本当に良いのか?」という問いだけは持ち続けてください。人は不思議なもので、一度頭に浮かんだ疑問は消えずに残ります。今はそれを打ち消してギャンブルを続けているかもしれません。でもある時ふとしたきっかけで、「やっぱりダメかも…」と思う日が来ます。その心の声が聞こえてきたときこそが、変化のチャンスです。その時に備えて、どうか情報だけは集めておいてください。例えば本記事で紹介したステージや支援策を読んで頭の片隅に入れておく、各地の相談窓口リストをブックマークしておく、それだけでも十分です。あなたが「助けが必要だ」と思った瞬間、すぐに動けるようになります。実際、「治療なんて必要ない」と言っていた人がある日突然「助けてほしい」と電話をかけてくるケースは多々あります。その日が来るまで、自分を責めすぎず、しかし希望の種は消さないでいてください。周囲の方も、「本人がその気になるまで待つ」覚悟を持ちつつ、水面下で情報提供を続けたり相談先に準備をしておくと良いでしょう。
- 家族が声をかける場合: モチベーションが低い本人に接する家族・友人は、非難や説教を避け、共感と傾聴を重視してください 。本人が問題を否認・軽視しているときに周囲が正論で畳みかけると、かえって心を閉ざしてしまいます 。それより、「最近つらそうだけど大丈夫?」「何か心配事があれば話してね。力になりたいよ」といった温かい声掛けを心がけましょう。本人のプライドや自主性を尊重することがポイントです。「やめなさい」ではなく「心配だ」「一緒に考えたい」というスタンスで接します。「あなたが変わる準備ができたら、いつでも手助けするからね」「一人じゃないよ」と伝えるだけでも、本人の心には種がまかれています。依存症からの回復は、本人が「変わりたい」と思った瞬間に大きく動き出します。その気持ちが芽生えるまでは焦らず見守りつつ、いつでも支援につなげられるよう家族は情報収集や相談の準備を整えておきましょう 。
- 利用できる支援リソース: 最後に、モチベーションを高め支援につなぐための具体的なリソースをいくつか紹介します。当事者・家族向けに全国で利用できるものです。まず厚生労働省の委託事業として各都道府県に「依存症相談拠点」が整備されています 。精神保健福祉センターや保健所などに相談窓口があり、無料で専門相談員が話を聞いてくれます 。ここでは医療機関の紹介だけでなく、経済的・法律的支援策(例えば債務整理について法テラスに相談する方法など)も含めた情報提供を受けられます 。電話や対面での相談が可能なので、まずはお住まいの地域の精神保健福祉センターに問い合わせてみてください。
次に、民間団体による24時間対応の電話相談もあります。有名なのは国が委託する「ギャンブル依存症予防回復支援センター」のサポートコールです 。こちらは年中無休・通話料無料で臨床心理士等の資格を持つ相談員が対応しており、匿名でも相談できます 。「直接会うのはハードルが高い…」という方は、深夜でも早朝でも構いません、一度電話を掛けてみてください。話す中で何かヒントが得られるはずです。また、パチンコ・パチスロに特化した相談先としては、業界が設立した「リカバリーサポート・ネットワーク(RSN)」があります 。こちらもフリーダイヤルで専門相談員が対応しており、電話やオンライン相談会など様々なプログラムを提供しています 。
そして何より心強いのが、当事者とその家族の自助グループです。ギャンブラーズ・アノニマス(GA)は世界的に展開する匿名自助グループで、日本国内にも2025年現在で46都道府県に約237のグループがあります 。参加費は無料、匿名で参加でき、ギャンブルをやめたいという意思がある人なら誰でも歓迎されます 。ミーティングではメンバーがお互いの経験を語り合い、支え合っています。最初は聞いているだけでも大丈夫です。「同じ苦しみを持つ仲間がいる」と感じられるだけでも、孤独感が癒やされ希望が湧くでしょう。事実、GAのミーティングに長く通い続けた人は症状が安定し回復につながるとの専門家の指摘もあります 。家族向けにはギャマノン(Gam-Anon)という自助グループもあり、こちらも全国各地で定例会が開かれています 。家族だけで抱え込まず、ぜひ仲間の力を借りてください。
おわりに
ギャンブル依存症からの回復への道のりを、6つのステージに分けて解説してきました。当事者の方は、自分が今どの段階にいるかある程度把握できたでしょうか。「回復は旅路であって目的地ではない」とも言われます。一気に完璧を目指す必要はありません。それぞれのステージに応じた課題を一つひとつ乗り越えていけば、必ず前進できます。
もし今あなたがまだ否認期や関心期にいるとしても、決して諦めないでください。人は変わる準備が整っていない時には変われないだけなのです 。逆に言えば、いつか必ず変わる準備が整う時が来ます。その時まで情報と支援の種をまき続けておきましょう。そして心に少しでも「変わりたい」という芽が出たら、迷わず手を伸ばしてみてください。専門家や仲間はあなたを温かく迎え、支えてくれるはずです。「治療すれば良くなる」という事実を、どうか信じてください 。ギャンブル依存症は治療可能な病気であり、適切なサポートと本人の意志があれば必ず回復への道を歩めます 。
ご家族の方も、どうか孤独にならないでください。あなたの支えが当事者にとってどれほど力になっているか計り知れません。同時に、あなた自身もサポートが必要です。家族向けの支援や情報交換の場を積極的に活用し、心身の健康を保ちながら長い目で寄り添ってください。
最後にもう一度お伝えします。ギャンブル依存症からの回復は可能です。そのプロセスは段階的で、時に後戻りもありますが、一歩一歩進んでいけば以前とは違う自分になれます。今日という一日を賭けずに過ごせたら、それは明日への自信になります。小さな進歩を重ねながら、ぜひ「賭けない生き方」を自分のものにしてください。あなたのその勇気ある挑戦に、心からエールを送ります。
参考文献
- 日本経済研究センター『ギャンブル依存疑い320万人:パチンコ・パチスロに月5.8万円!?』(nippon.com, 2018年) – 日本におけるギャンブル依存症の推計有病率(生涯3.6%約320万人)を報じた記事。
- American Psychiatric Association『What is Gambling Disorder?』(2023年) – ギャンブル障害患者のうち治療につながっている人は一割程度であることを示すAPAの解説。
- Cleveland Clinic『Gambling Disorder (Gambling Addiction)』(2023年) – ギャンブル障害がDSM-5で物質使用障害と同カテゴリーに分類され、脳機能にも変化を及ぼす行動嗜癖であることを説明した医学情報。
- 練馬区こころの健康コラム「依存症は『否認の病』」(2025年) – 行動嗜癖全般について「本人の意思力や倫理観とは関係なく起きるもので、意志が弱いわけではない」と述べた専門家メッセージ。
- 大分県依存症資料「依存症は『否認の病』とも呼ばれる」(2018年) – 依存症の典型症状として否認傾向が強いことを示すスライド資料。「自分は依存症ではない」「このくらい大丈夫」といった否認の例を挙げている。
- 独立行政法人 国立病院機構 さいがた医療センター「変化のステージモデルと動機づけ」(2018年) – アルコール依存症治療の専門機関による解説。プロチャスカの変化のステージモデルについて、「無関心期・関心期・準備期・実行期・維持期」を経て人は行動を変えると説明している。
- Verywell Mind『The Stages of Change Model of Overcoming Addiction』(2023年) – ステージモデルの概要を分かりやすく解説した記事。主なステージと、その過程が直線的でなく循環する可能性にも触れている。
- Social Work Exams『Understanding Prochaska and DiClemente Stages of Change Model』(2023年) – ステージモデルの活用に関する解説。ギャンブル依存の例として「実行期のクライアントは成功率が高く、前熟考期の人は治療中断しやすい」との研究結果を示している。
- さいがた医療センター「否認とは何か」(2018年) – 依存症における否認心理の解説。「問題を認めず周囲の説得にも抵抗する状態」が否認であり、依存症の一側面であると説明。
- アイオワ州保健局『Stages of Change and Problem Gambling』(2017年) – ギャンブル問題ケーススタディ(Michaelの事例)。「ギャンブルを問題と思っておらず“大勝ち目前”と信じている」否認期の典型例を示したスライド。
- SBIRT Iowa『Motivational Interviewing: The Basics』(2018年) – 動機づけ面接に関する研修資料。「抵抗を示すクライアントは単にまだ変化の準備ができていないだけで、それ自体問題ではない。抵抗を責めずロールウィズすること」というMI原則を述べている。
- Florida Council on Compulsive Gambling『Stages of Change』(2017年) – ギャンブル依存に即したステージモデル解説記事。特に関心期について「変化のメリットとデメリットを量りかねて長く留まることもある(慢性的熟考)」と記述している。
- 田辺 等「ギャンブル依存症を訊く」(日本精神神経学会)(2016年/2024年更新) – 北海道立精神保健福祉センター田辺医師のインタビュー。「問題を認められないものだが、半信半疑でもいいから回復プログラム(治療やGA)に参加して体験してみてほしい」と当事者へのアドバイスを述べた部分。
- Better Health Channel『Gambling – advice for family and friends』(Victoria州保健局) – ギャンブル問題者の家族向けアドバイス。「借金を肩代わりしない。『自分ではやらないけどサポートはする』という姿勢で、責任は本人に取らせること」という旨の助言。
- Florida Council on Compulsive Gambling『Understanding Enabling in the Context of Problem Gambling』(2025年) – 問題ギャンブルにおける家族のイネイブリング行動に関する記事。「善意で助けても、尻ぬぐいにより責任が取り除かれると依存行動が継続し、回復を妨げる」ことを解説している。
- Algamus Gambling Recovery Blog『Dealing with Gambling Addiction Relapses: How to Bounce Back』(2023年) – ギャンブル依存の再発に関する記事。再発率は50~75%と高いが、継続的な支援・治療介入で長期回復率が向上すること、再発はプロセスの一部で失敗ではないと強調。
- Gam-Anon(ギャマノン)日本公式サイト(2023年) – ギャマノン(ギャンブル依存症者の家族と友人の自助グループ)の紹介ページ。「ギャマノンはギャンブル依存症者の家族・友人のための自助グループ」と明記されている。家族もサポートを得られる場があることを示す資料。
- Gateway Foundation『How to Help Someone You Know That Has a Gambling Problem』(2022年) – ギャンブル問題を抱える愛する人への支援方法をまとめた記事。「ギャンブル依存症は治療可能で、あなたには相手を変えることはできなくても、愛と支えで回復を後押しできる」と述べ、希望を持つよう促す内容。