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ギャンブル依存症の否認・支援拒否に直面した家族の対応ガイド

はじめに

ギャンブル依存症は本人が問題を認めにくく、治療を拒否しがちな「否認の病」と呼ばれます¹。また、家族は借金の尻拭いなどに追われて本人以上に疲弊しがちであり¹、「自分は依存症ではない」「自分でやめられる」といった本人の主張に翻弄されるケースも少なくありません³。家族側も問題の深刻さから目を背け、「病気というほどではないのでは」と信じたい気持ちになることもあります²。しかし、問題を放置すれば状況は悪化し、本人・家族ともに深刻な影響を受けます。本記事では、ギャンブル依存症の本人が否認や支援拒否の態度を示すとき、家族(配偶者・親・子ども等)が取るべき対応について、専門的視点から解説します。否認や回避、共依存といった背景を踏まえ、家族ができる適切な対応策や心構え、専門家の力を借りる意義などを詳述します。家族自身の心のケアや自助グループの活用方法にも触れ、長期的な視点で家族と本人の回復を支えるガイドとします。

家族が本人に治療を強制することが難しい背景

否認と回避:本人は問題を認めず、家族も直視を避けがち

ギャンブル依存症の本人は、深刻な問題を抱えていても「自分は依存症ではない」「ギャンブルくらい自分でコントロールできる」と考えがちです。現実には生活が立ち行かなくなっていても、本人は「いつでも自分でやめられる」と思い込んでおり、周囲の忠告にも耳を貸さないことが多いのです 。このように本人が問題を否認して治療を拒否する傾向が強いため、家族がいくら説得しても簡単には応じないという現実があります¹。

一方、家族側にも「もしかして依存症かもしれない」と不安になりつつ、「そこまで深刻ではないはず」と問題を直視するのを恐れる心理が生じることがあります²。重大な問題であればあるほど向き合うのが怖く、家族自身も無意識に問題を過小評価しようとすることがあるのです² 。このような家族の回避傾向は理解できるものの、放置すれば状況は悪化してしまいます。

共依存とイネーブリング:家族の善意が裏目に出る悪循環

家族は大切な本人を何とか助けようと必死になるあまり、かえって問題行動を支えてしまう場合があります。例えば、借金の肩代わりや生活費の無制限な援助、嘘の後始末を引き受ける、仕事を休ませるため職場に嘘の連絡をする等の行為は、一見本人を思っての支援に見えます。しかしこれらは結果的に本人が自分の問題に直面する機会を奪い、ギャンブル行動を助長することになります 。このように家族が過剰に世話を焼いて問題を覆い隠す関わり方を「イネーブリング(enabling)」と呼び、そこから生じる病的に密着した関係性を「共依存」と呼びます 。ギャンブル依存症における代表的なイネーブリング行為は「借金の肩代わり」だと指摘されています 。実際、ある回復者の家族は「息子はギャンブル依存症、私は共依存からの回復の道をそれぞれ歩んでいる」と述べており、家族自身も共依存からの立ち直りが必要だと認識しています 。共依存状態では家族は本人と心理的に離れられなくなり、自己犠牲的な支援を繰り返してしまいます。結果として家族は自分の仕事や趣味、生活そのものを犠牲にし、借金返済の工面に奔走するなど生活の全てが本人対応に覆い尽くされ、心身ともに追い詰められていきます 。このような悪循環に陥ると家族自身も健康的な生活を送れなくなり、疲弊し切ってしまうのです¹。

以上のように、本人の否認と家族の共依存的な関わりによって、家族だけで状況を打開することは極めて困難です。家族がどんなに本人を想って訴えても、本人は耳を塞ぎ、家族の善意の支援がかえって問題を悪化させてしまうケースも多々あります。この背景を理解することが、適切な対応策を考える第一歩になります。

専門家の力を借りる意義:第三者の介入で局面を変える

上述の通り、家族だけで本人に治療を受けさせることには限界があります。そこで重要になるのが、専門家や専門機関の力を借りることです。依存症医療や支援に精通したプロフェッショナルは、本人や家族の心理状態を理解した上で効果的な介入方法を知っています。各地域の保健所や精神保健福祉センターでは、アルコール・薬物・ギャンブルなど依存症問題の相談窓口が設置されており、電話や面接で幅広い相談に応じています¹ 。そこには医師や保健師、精神保健福祉士(PSW)、臨床心理士といった専門職が配置されており、家族の相談にも対応できる体制が整っています 。専門家は状況に応じて適切なアドバイスを行い、必要に応じて医療や支援プログラムへ繋ぐ役割を果たします。

専門家を介するメリットの一つは、本人が第三者の言葉には耳を傾けやすくなることです。家族の訴えには耳を貸さない本人も、専門家から客観的に指摘されると受け入れやすくなる場合があります。また、専門家は家族が陥りがちな共依存的対応を避け、より効果的な関わり方にシフトする手助けをします。例えば、家族が無理に問題をコントロールしようとしても徒労に終わる場合が多いですが 、専門家は家族に「本人の問題行動を24時間見張ることはできない。結果責任を本人に負わせ、家族は適切な距離をとることが必要」といった指導を行います 。これにより家族は「自分たちだけではどうにもできない」という罪悪感や無力感から解放され、建設的な対応策に集中できるようになるのです。

さらに、専門家の関与によって事態の打開策が見えてくることもあります。例えば、長年家族内で堂々巡りしていた問題でも、専門家を交えた介入により突破口が開けるケースがあります。実際、ギャンブル依存症の回復施設では「インタベンション(介入)」という手法を導入し、家族と協力して本人の否認を解き、治療につなげる試みが行われています 。インタベンションでは専門のインタベンショニスト(介入専門家)が家族と連携し、綿密な計画の下で本人に働きかけを行います 。家族だけで向き合っていたときには平行線だった話し合いも、プロの介入により本人が初めて現実に目を向け、治療を受け入れる可能性が高まるのです 。専門家の客観的な視点と経験に裏打ちされたアプローチは、家族では踏み込めなかった領域にまで効果を発揮します。

総じて、専門家の力を借りることは家族にとって恥ではなく、最善の戦略です。依存症は脳の病であり、適切な治療とサポートによって回復可能な疾患です¹。家族だけで抱え込まず専門機関に相談することが、本人の回復と家族自身の救済への第一歩になります¹ 。

家族だけで抱え込まず、まず支援機関に相談を

問題を抱えた家族ほど「自分たちで何とかしなければ」と孤軍奮闘しがちですが、それは危険です。依存症問題は決して家族の責任ではなく、専門的支援を要する病の問題です。本人が支援に繋がるまでには時間がかかることも多く、家族が無理に急かしても逆効果になる場合があります。そこでまずは家族や周囲の人が支援機関に相談し、適切な対応方法を学ぶことから始めるべきです 。横浜市の依存症家族支援ガイドラインでも「本人が支援につながり回復するには時間がかかることも多いため、まずは家族や周囲の方が専門機関に相談して、適切な対応を知ることから始めましょう」と強調されています 。早めの相談が回復への近道であり、相談先として地域の専門医療機関や市町村の相談窓口などが利用できます 。

家族が専門機関に相談することで、現状の整理や今後の対応策について一緒に考えてもらえます。例えば、抱えている借金問題一つとっても、焦って全額返済する必要はなく、専門家と相談しながら進める猶予があることが分かります² 。専門家は「借金の肩代わりはかえって問題を長期化させる恐れがある」と助言し、債務整理や法的手続きも視野に入れた適切な対処法を示してくれるでしょう² 。家族だけでは視野が狭くなりがちな問題も、第三者と一緒に整理することで冷静に捉え直すことができます。

また、家族が相談に行くことで本人にとっての良い刺激になる場合もあります。家族が支援機関に相談していると知った本人が、「家族が専門家にまで相談している」と予想外に感じて動揺し、自らも話を聞いてみようかという気持ちになることもあるのです 。実際、「家族がどこかに相談に行った」「家族教室(家族向けプログラム)に参加し始めた」といった出来事に本人が関心を示すケースがあります 。そうしたタイミングは、本人が「自分も相談してみようかな」と心が揺れ動く好機になりえます 。専門家から教わった情報をもとに家族が準備をしておけば、「この前相談で聞いた病院に一緒に行ってみない?」といった効果的な声掛けを、逃さず行うことも可能になります 。

重要なのは、家族が一人で問題を抱え込まないことです。「家族が支援を求めるなんて情けない」などと思う必要は全くありません。むしろ適切な支援につながる行動をとる家族こそ、本人の回復を後押しできる賢明な家族だと言えます。専門機関への相談は早ければ早いほど良く、「困ったときは遠慮せず早めに相談することが大切」と各自治体も呼び掛けています 。勇気を出して一歩踏み出し、プロの手を借りましょう。それが長い目で見て、本人を回復への道に導く近道となります。

行動的介入モデル「CRAFT」の活用:家族が変われば本人も変わる

否認する本人を治療につなげるためのアプローチとして、近年注目されているのがCRAFT(コミュニティ強化と家族訓練)という行動的介入モデルです。CRAFTは元々アメリカで開発された、治療を拒否する依存症者の家族向けトレーニングプログラムで、アルコールや薬物の分野で高い成果を上げてきました 。現在ではギャンブル依存症の家族にも応用されており、その有効性が認められています 。

CRAFTの大きな特徴は、介入の焦点を本人ではなく家族に当てることです 。家族が適切な対応方法とコミュニケーション技法を学び、実践することで、間接的に本人の行動変容を促します 。具体的には、家族に対して以下のようなポイントをトレーニングします。

  • イネーブリング(問題行動を無意識に助長する関わり)の削減 – 家族がこれまで行ってきた借金の肩代わりや過度な世話焼きといった行動を見直し、中止する方法を学びます 。
  • コミュニケーションの改善 – 本人が防衛的にならず協力的になりやすい伝え方(後述するアイメッセージなど)や、褒める・感謝するといったポジティブな関わり方を練習します。
  • 適切な動機づけ – 本人のギャンブル以外の健全な行動を強化し、逆にギャンブルによる報酬を減らすことで、本人が自発的に治療に関心を向けるよう工夫します。
  • 家族自身のセルフケア – 家族が心身の健康を保ち、人生のバランスを取る術を身につけます。家族が追い詰められていては良い対応もできないためです 。

CRAFTの最終的な目標は三つあります。 (1) 本人が治療につながること、(2) たとえ治療につながらなくてもギャンブル行動の頻度や害が減ること、(3) 家族の精神的・身体的負担が軽減すること 。このうち一つでも達成できれば大きな前進であり、現実的かつ実践的なアプローチと言えます。

エビデンスも蓄積されており、CRAFTは従来の介入法と比べて高い成功率を示します。家族に自助グループ参加だけ勧める方法では約10%しか本人を治療に導けず、強制的な古典的介入(ジョンソン・モデル)でも30%程度と言われるのに対し、CRAFTでは約64%ものケースで本人を治療につなげることに成功しています 。ある研究では、治療拒否の依存症者がおよそ70%の確率で治療に結びついたとの報告もあり、その画期的な成果が注目されています 。さらに、仮に本人がすぐには治療に応じなくても、CRAFTを通じて家族自身が行き詰まっていた考え方・生き方を再検討し、メンタルヘルスを改善できるという副次的な効果も確認されています 。まさに「家族が変われば患者が変わる」ことを体現したプログラムなのです 。

日本でも、CRAFTを基にした家族支援プログラムや書籍が登場しています 。原則は「家族に無理なことをさせない」ことであり 、「これなら自分にもできる」と家族が思える具体的な対処法を提案しながら行動変容を支えていきます 。例えば「次にギャンブルしたら離婚だ」といった家族にとって実行困難な強硬手段ではなく、前述のような小さな行動変化(お金の管理を止める、冷静な話し合いをする等)から取り組み、成功体験を積み重ねていきます。家族が安心して実践できるため継続率も高く、結果的に本人の変化につながりやすいのです。

以上のようにCRAFTは、従来の「突き放すしかないのか?」という家族の二者択一的な苦悩に対し、第三の選択肢を提供するアプローチです。愛情を保ちながらも問題行動を助長しない関わり方を追求することで、家族にも本人にも無理なく変化を促すことができます。否認や支援拒否の壁に直面している家族は、ぜひ専門家に相談してCRAFTの手法を学ぶことを検討してみてください。「家族の対応を変えることで本人の意識と行動も変わりうる」という希望を持って、できることから少しずつ実践していきましょう。

フォーマルなインタベンション(介入)の流れと実施例

家族だけでは解決が難しい場合、インタベンション(Intervention)と呼ばれるフォーマルな介入手法を検討することもできます。インタベンションとは英語で「介入」の意味で、専門のインタベンショニスト(介入の専門家)がご家族と共に計画を立て、否認を続ける本人に対して直接働きかけて治療に繋げる一連の手法を指します 。元々はアルコール依存症の分野で発達した方法ですが、ギャンブル依存症のケースでも実践されるようになっています。

インタベンションの目的と準備

インタベンションの目的は一つ、「本人に自分の問題と向き合わせ、治療を受ける決心を促すこと」です。家族や友人など本人にとって大切な人々が一堂に会し、愛情と真剣さをもって本人に現実を突きつけ、治療の必要性を伝えます。本人にとっては予想外の場であり、否認を突破する強いインパクトを与える狙いがあります。

実施にあたっては入念な準備が不可欠です。一般的な流れの一例を示します。

  1. 相談と計画: まず家族が依存症専門のインタベンショニストや支援機関に相談します。専門家はこれまでの経緯や現状を詳しく聞き取り、インタベンションを行うタイミングや参加メンバー、伝える内容などを綿密に計画します 。例えば「どの瞬間なら本人が話を聞きやすいか」「誰の言葉が響きやすいか」などを検討し、シナリオを準備します。
  2. 手紙や伝える内容の準備: 参加者それぞれが本人に伝えたいメッセージを整理します。一般的には非難や怒りではなく、愛情と心配の気持ちを軸にした手紙を書き、それを当日読み上げる形を取ります。具体的に本人の問題行動によって感じた悲しみや不安、そして「このままではあなたも家族ももっと不幸になる。治療を受けてほしい」といった思いを冷静な言葉で綴ります。専門家が文章作成を指導し、攻撃的な表現にならないようチェックします。
  3. インタベンションの実施: 当日、本人を半ばサプライズ的に場に招き、用意した手紙を順に読み上げます。参加者は泣いて訴えたり怒鳴ったりするのではなく、あくまで落ち着いて毅然とした態度で臨みます。家族が総力を挙げて自分と向き合っている状況に、本人は初めて自らの問題の大きさを実感することが期待されます。最後に専門家や家族から「〇〇施設のプログラムを受けてみてほしい」「今この場で一緒に治療に行こう」と提案します。そして治療の場(医療機関や回復施設)がすぐ用意されていることを本人に示し、そのまま連れて行けるよう段取りしておきます 。
  4. フォローアップ: 本人が提案を受け入れて治療に繋がった場合、家族も引き続き支えていきます。受け入れなかった場合でも、インタベンションで伝えたメッセージは確実に本人の心に残ります。その後しばらくして本人が自発的に助けを求めてくるケースもあるため、専門家と連携しながら様子を見守ります。

日本でも近年、この正式なインタベンションを支援する団体や専門家が現れています。例えば、民間の回復施設がインタベンショニストと提携し、家族の相談を受けてインタベンションを実施するといった取り組みが報告されています 。そこではギャンブル依存症問題に詳しい専門家(例えば自身も回復者である介入カウンセラー)が家族と面談を重ね、ケースに合わせて柔軟にインタベンションを行っています。重要なのは、「家族だけで本人に向き合うのではなく、専門家を交えて連携する」という点です 。専門家の司会・進行の下で行うことで、家族も冷静さを保ちやすくなり、また本人も単なる家族の感情的な訴えではないと理解しやすくなります。

もっとも、インタベンションは万能薬ではなく、実施には適切なタイミングと条件があります。本人の性格や状態によっては逆効果になりかねないため、必ず専門家の判断を仰ぐことが肝要です。「ここぞ」という時に計画的に行うことで初めて力を発揮するアプローチであり、日常的に何度も試みるものではありません。成功すれば、本人が否認を続けてきた長年の膠着状態を打破し、「問題に真正面から向き合うきっかけ」を作ることができます 。家族にとっても大変勇気のいるステップですが、信頼できる専門家のサポートの下でなら実行可能です。必要に応じて検討してみる価値のある手法と言えるでしょう。

本人への適切な伝え方とNGな対応

否認する本人に接するとき、家族の伝え方や対応の仕方にはコツがあります。良かれと思ってやっている対応が実は逆効果になっている場合も多いため、以下に適切な伝え方と避けるべきNG対応を整理します。

対話の基本:冷静さと共感を持って臨む

まず大前提として、本人と話し合う際には家族が感情的になりすぎないことが重要です。長引く問題に家族が怒りや悲しみを抱えるのは当然ですが、その感情をぶつけるような伝え方では本人は心を閉ざしてしまいます。攻撃ではなく対話を心がけ、落ち着いたトーンで話しましょう。

有効なコミュニケーション技法として「アイ・メッセージ」が推奨されます 。これは、「あなたはいつも嘘ばかりついて!」ではなく「私は嘘をつかれるととても悲しい」といったように、主語を自分にして自分の感情を伝える方法です 。「あなた○○だ」と言われると責められているように感じますが、「私は○○と感じている」と言われれば受け手は攻撃とは捉えにくくなります 。例えば、「なんでまたパチンコに行ったの!?」ではなく「私はあなたがギャンブルに行ってしまうととても不安になる」と言い換えるだけでも、相手の受け取り方は大きく違います 。このように伝え方を工夫することで、本人の反発を和らげ、建設的な意思疎通がしやすくなります 。

また、問題の指摘はできるだけ具体的かつ事実に即して行いましょう。人格を否定するような言い方(「意志が弱いからだ」等)は避け、「○月○日に生活費を使い込んだ」「借金がこれだけある」といった客観的事実と、それによって家族が感じた影響を伝えます。責める口調ではなく冷静な態度で伝えることが大切です。例えば「ギャンブルばかりで家族を困らせて!」と言うより、「あなたの借金の催促状が届いて私はとても不安になった。どうにかしたいと思っている」といった具合です。

NG対応:やってはいけない関わり方

以下に、つい家族がやりがちだが逆効果となるNG対応を挙げます。それぞれ、なぜ問題かと代替策も説明します。

  • 感情に任せて怒鳴る・責め立てる
    例:「いい加減に目を覚ませ!」「家族に迷惑かけて恥ずかしくないの?」
    家族が問題を解決しようと必死になるあまり、怒りや説教が増えてしまうことがあります 。しかし本人からすれば不平不満を浴びせられているように感じ、防衛的になって心を閉ざしてしまいます 。対応策: 感情的になりそうなときはいったん話を打ち切り、クールダウンしてから改めて話すようにします 。どうしても一言言いたくなったら、上述のアイ・メッセージを使い、自分の気持ちとして表現しましょう 。基本的には必要最低限の会話にとどめ、攻撃的な言葉を避けることで、少しずつ信頼関係を取り戻すことができます。
  • 説教や長話で押し込む
    例:「ギャンブルが体に悪いことぐらい分からないの?」「何度同じことを言わせるの!」
    正論で長々と説き伏せようとしても、本人は聞き流すか反発するだけです。家族の長い説教は、本人にはただの小言としてしか響きません 。対応策: 長談義は避け、要点は簡潔に伝えます。例えば注意は一度に一つに絞り、短いメッセージで伝える方が効果的です。また「話しすぎた」と感じたら途中で切り上げ、「これ以上言っても響かない」と思えばあえて黙る勇気も持ちましょう。沈黙も時にはメッセージになります。
  • 借金の肩代わり・経済的援助をする
    例:「今回だけは代わりに返済してあげる」「お金が足りないなら出してあげる」
    困っている本人を見ると助けてあげたくなるのが家族心ですが、借金を肩代わりしたりお金を渡したりすることは厳禁です 。一時的には問題が解決したように見えても、本人はまた安心してギャンブルに走り、さらなる借金を重ねる悪循環に陥ります²。 家族が借金整理に奔走し生活費を工面してあげるほど、本人は自分の問題だと認識しなくなります 。対応策: 心を鬼にして経済的支援を断ち切りましょう 。借金の督促が来ても家族が支払う必要はありません²。専門家に相談して債務整理の方法を検討したり、最悪自己破産も視野に入れるなど、本人自身に責任を取らせる方向で動きます。「お金がない」「返済に困った」と本人が訴えても、絶対に肩代わりせず、「専門機関に相談しよう」「専門家と一緒に考えよう」と提案しましょう² 。生活費を浪費してしまう場合も、必要最低限のお金だけ渡し管理は本人に任せ、それ以上は援助しないことです 。経済的に突き放すことは愛情の欠如ではなく、問題と向き合うためのチャンスを与える行為だと心得ましょう 。
  • 本人の行動を過度にコントロールする
    例:「もう二度とやらないと約束して」「誓約書を書きなさい」「こっそりギャンブル道具(パチンコカード等)を捨てる」
    家族が本人に誓約書を書かせたり物理的にギャンブル手段を取り上げたりしても、本気で止める意思が本人になければ無意味です 。かえって本人は隠れて行動するようになり、家族は24時間見張ることもできず、一喜一憂させられて疲弊するだけです 。対応策: 本人の行動を管理しようとしないことです 。ギャンブルに行くか行かないか、借金するかしないかは最終的に本人の選択であり、家族には止められません。家族は「○○しないって約束したでしょ!」と詰め寄るのではなく、「結局やるかやらないかはあなた次第だ」というスタンスで距離を置きます 。そして生じた結果(借金や信用失墜など)は本人に負わせるのです 。家族が世話を焼こうが焼くまいが、本人が変わらなければ問題行動は続くという厳しい現実を受け入れましょう 。その上で家族は自分たちの生活を最優先に守り、本人が助けを求めてきた時にサポートできるよう備えるのです。
  • 実行しない脅しや制裁を口にする
    例:「次また問題を起こしたら離婚するから!」「次ギャンブルしたら勘当だ、出て行け!」
    感情的になった家族がつい口にしがちな脅し文句ですが、実行する気のない脅しは逆効果です 。本人は「どうせ家族は口だけだ」とタカをくくるようになり、家族の言葉の重みが失われます 。また家族側も何度も同じ脅しを繰り返すことで徒労感と虚しさが募り、関係がさらに悪化しかねません 。対応策: 冷静になって考え、実行できない制裁や極端な脅しは言わないことです 。本当に離婚や勘当を決意しているならともかく、多くの場合それは本意ではないはずです。感情に任せた発言は後で撤回せざるを得ず、信頼を損なうだけなので、「二度と言わない」と心に決めましょう 。どうしても限界で強い態度を取る必要がある場合は、実行可能かつ具体的なルール(「嘘をついたら◯◯しない」等)を定めて伝えます。しかし一方で、「完全に見捨てるわけではない」ことも言い添え、愛情は持ち続けているが問題行動は許さないという毅然とした姿勢を示すようにします 。なお、家族に危害が及ぶような深刻な場合には別途身の安全を最優先し(後述)、公的機関の力も借りてください。

以上、NG対応として「責めない・説教しない・お金を出さない・支配しない・軽々しく脅さない」という点を覚えておきましょう 。これらは家族にとっては我慢のいる対応かもしれません。しかし、これまで感情的に責めたり援助したりしてうまく行かなかったのなら、発想を転換して新しい対応を試みることが必要です。「何もしない」ことが時には最大のメッセージとなり、本人が自分の問題と向き合う唯一のきっかけになる場合もあるのです。

本人に治療を促す伝え方のヒント

では、具体的にどう本人に治療や相談を勧めればよいのでしょうか。基本は前述の通り冷静かつ共感的な態度を保ちながら、「あなたのためにも専門家に話を聞いてみない?」と提案型のアプローチを取ることです 。ポイントは、本人が自分で決めたと思えるように促すこと。頭ごなしに「病院に行きなさい!」ではなく、「私は専門機関に相談してみたらいいと思うけど、どうかな?」といった具合に、あくまで本人の意思を尊重する姿勢で誘導します 。例えば以下のような言い回しが考えられます。

  • 「このままだと借金がもっと増えてしまうかもしれないから、悪化する前に一度相談してみたらどうかな?」 
  • 「借金のこと、一人で悩むのは大変でしょう。専門家に話を聞いてもらうだけでも少し楽になるかもしれないよ」 

大事なのは、問題そのものではなくその結果や影響にフォーカスして提案することです。「ギャンブルがいけないんだ!」と責めるのではなく、「借金が辛いでしょう、専門家に相談してみない?」と持ちかける方が、本人も防衛反応を起こしにくくなります 。実際、「ギャンブル依存じゃないの?」「ギャンブルなんてやめるべきだ!」とストレートに指摘すると、かえって意固地になってしまう場合もあるため注意が必要です 。遠回りに見えても、「借金の悩みを聞いてもらったら?」「眠れないなら病院で相談してみたら?」など、本人が感じている困りごとに寄り添った形で専門家への橋渡しをすることが大切です 。

本人が少しでも前向きな反応を見せたら、その機会を逃さないようにしましょう。例えば本人が「そんなに言うなら相談くらいしてもいい」と言ったなら、すかさず「実はもう○○相談窓口に問い合わせてみて、来週なら空きがあるそうなんだ。一緒に行ってみない?」と具体的な段取りを提示します 。家族が事前に情報収集や予約調整をしておけば、本人がその気になった瞬間にスムーズに行動に移せます 。これはインタベンションでも触れた通り、「いつでも治療に行ける環境を用意しておく」ことが極めて重要です 。

逆に、本人が全く聞く耳を持たない状況では、一旦直接の説得をお休みすることも選択肢です。無理に説得を続けるより、家族が先に述べたNG対応を避けつつ距離を置き、「底つき(どん底を経験すること)」を待つのも一つの戦略です。底つきを迎えて初めて本人が「助けてほしい」と思う可能性もあります。その瞬間が来たら、いつでも手を差し伸べられるよう準備だけは整えておきましょう。家族としては歯がゆい時間ですが、過干渉せず見守るという勇気も必要です。

最後に、身の安全に関わる場合は例外です。本人が暴力的になったり家族を脅すような場合、これはもう素人の手に負えません。即座に安全を確保し、警察等の力を借りてでも避難することが最優先です 。例えば酔って暴れたり物を壊したりする暴力も立派な家庭内暴力であり、家族が我慢し続けるとどんどんエスカレートします 。危険を感じたら迷わず110番してください 。家族が安全でなければ本人を助けることもできません。この点は忘れずにいてください。

家族自身の心のケアと自助グループの活用

問題に向き合う家族は、自分でも気づかないうちに心身をすり減らしています。家族自身のケアを怠らないことは、実は本人の回復を支える上でも極めて重要です。家族がボロボロになってしまっては適切な対応を続けることはできませんし、家庭そのものが崩壊してしまっては元も子もありません。まずは家族が元気で日常生活を送れる状態を保つことが大切だと認識しましょう 。

家族の孤立を防ぎ、燃え尽きに対処する

家族は問題を抱え込むうちに、次第に社会的に孤立していく傾向があります。友人や親戚に相談できず一人で悩み、誰にも理解してもらえないと感じると、精神的な追い詰められ感が増してしまいます。そこで有効なのが、同じ悩みを持つ家族同士のつながりです。各地には家族教室(家族向けの学習プログラム)や家族会(家族の自助グループ)が存在し、そこで体験や気持ちを共有し合うことができます 。

あるギャンブル依存症家族の自助グループ(家族会)の様子。家族同士が円になって座り、悩みや経験を語り合っている。こうした分かち合いの場は家族の孤立感を和らげ、正しい対応策を学ぶ助けとなる(公明党HP)。

家族会や自助グループでは、「あなたの家だけが特別に酷い状況なのではない」という安心感が得られます。同じ苦しみを経験した他の家族の話を聞くことで、「自分だけじゃないんだ」と肩の荷が下りる思いがするでしょう。また、先に問題を乗り越えた家族の体験談は希望の光になります。「そんな地獄のような状態からでも回復できたんだ」という事実は、今まさに絶望している家族にとって大きな励みとなります。

家族会は全国各地で定期的に開催されています 。例えばNPO法人「全国ギャンブル依存症家族の会」は各都道府県で月例の集まりを持ち、家族同士の交流や勉強会を行っています 。そこでは専門家を招いた講演や家族自身の経験共有などを通じて、依存症への正しい知識と対応の仕方を学ぶことができます 。家族会・自助グループは「依存症者を家族にもつ人たちが悩みを分かち合い支えあう会」であり、支えあいを通して依存症者本人も家族全体も良い方向に変化します 。実際、家族会で学んだ対応策(「借金を肩代わりしない」「金銭管理をやめる」など)を実践したことで、家族自身も共依存から回復し、結果的に本人の行動にも変化が生じたケースが多数報告されています 。

燃え尽き症候群(バーンアウト)にならないためにも、家族は自分の生活と心を大切に守ることが必要です。 家族だからといって人生の全てを本人の問題に捧げる義務はありません。自分の趣味や日常生活を犠牲にしないでください 。趣味や仕事、リラックスできる時間を持つことは決して罪悪感を感じることではなく、むしろ長期戦に耐えるためのエネルギーチャージです。家族自身が笑顔を失ってしまっては、いざ本人が立ち直り始めたときに一緒に喜ぶ力すら残っていなくなります。適度に息抜きをし、自分の人生を生きることを諦めないでください。

場合によっては、家族も専門的なメンタルケアを受けることを検討しましょう。カウンセリングや精神科受診は、家族にとっても有効です。長期間のストレスで不眠や抑うつ状態に陥る家族も少なくありません。必要なら心療内科等で相談し、薬物治療やカウンセリングを受けることは何ら恥ではありません。家族が健康で安定していてこそ、本人に向き合う力も湧いてくるのです。

自助グループと支援団体の活用

依存症当事者向けの自助グループ(例えばGA=ギャンブラーズ・アノニマス)と並行して、家族向けにもGam-Anon(ギャマノン)という自助グループがあります 。ギャマノンは世界中で活動しているギャンブル依存症者の家族のための会で、日本各地でも定例会合が開かれています 。参加費は基本無料で匿名で参加でき、宗教や政治とも無関係です。同じ境遇の家族同士で経験を分かち合い、12ステップと呼ばれるプログラムに基づいて共依存からの回復と精神的成長を目指します。ギャマノン以外にも、先述の全国ギャンブル依存症家族の会や地方自治体・病院が主催する家族教室など、利用できる社会資源は多数あります 。ぜひお近くの相談窓口やインターネットで情報を集め、利用できるものは積極的に利用してください。家族会への参加方法や開催情報は保健所や精神保健福祉センターで教えてもらえます 。

自助グループに最初は抵抗を感じる家族もいるかもしれません。「見ず知らずの他人に家庭の恥を晒すようで気が進まない」と思うのは自然です。しかし、一度参加してみれば必ず「来て良かった」と感じられるでしょう。同じ苦しみを理解しあえる場の安心感は特別です。そこでは誰もあなたを責めませんし、優劣の差もありません。家族会で泣きながら初めて胸の内を打ち明け、「こんなに楽になるなんて」と肩の力が抜ける人は多いです。行政の家族教室などでは専門知識も学べるため、感情面の支えと実践的な知識の両方が得られます。ぜひ勇気を出して扉を叩いてみてください。

家族が回復への鍵を握る

家族自身のケアとサポート体制の活用は、最終的に本人の回復にも直結します。厚生労働省も「家族や友人など周囲の人が依存症について正しい知識と理解を持ち、当事者を早めに治療や支援につなげることが回復への大事な一歩」と明言しています¹ 。また「依存症者やその家族が適切な治療や支援につながっていない」という課題に対し、家族支援の重要性が指摘されています 。つまり、家族が適切なサポートを受けて行動を変えれば、本人を回復に導く大きな力となるのです。

ある専門病院は家族向けに次のようなアドバイスをしています。「ギャンブル依存症は意思や性格の問題ではないことを知る」「借金の肩代わりをしない」「お金を貸さない」「相談できる機関に連絡をする」「家族会に出る」――これらが家族にできる具体的な対応策であり、家族が病気の特徴を理解することが回復の大きな鍵になると述べています 。そして「本人が病院に行きたがらない場合には、まずはご家族だけで相談に行きましょう。当院ではご家族のみの来院も受け付けています。家族の被害を最小限にする方法を共に考えます」と、家族だけの受診相談を歓迎する姿勢も示しています 。このように、現代では家族への支援が充実しつつあります。家族が孤軍奮闘する時代ではなく、社会全体で依存症問題に取り組む流れができています。遠慮なくその流れに乗ってください。

おわりに

ギャンブル依存症の本人が否認し治療を拒否する状況は、家族にとって計り知れない苦痛と無力感をもたらします。しかし、絶望する必要はありません。家族の対応次第で状況は必ず変えられる可能性があります。本人に強制的に変わってもらうことはできなくても、家族が変わることで間接的に本人に変化を促すことができるのです。否認・支援拒否の背景には病の特性と家族心理の歪み(共依存)があると理解し、家族だけで抱え込まない戦略を取りましょう。

最後に、家族へのエールとして強調します。あなた自身の人生を大切にしてください。依存症者の家族という立場は確かに特殊で過酷ですが、だからといってあなたの人生まで諦める必要はありません。家族が健やかに生活することが、巡り巡って本人の回復にも繋がります。どうか孤立せず、支援資源をフル活用し、必要なら休みながら、長い目で本人と向き合ってください。ギャンブル依存症は適切な対応と治療によって必ず回復し得る病です¹ 。今日からでも、家族としてできる第一歩を踏み出しましょう。このガイドがその一助となれば幸いです。共に希望を持って、絶望を希望へと変えていきましょう。

参考文献

¹ 厚生労働省 依存症対策ページ(依存症は「否認の病気」、家族は一人で抱えこまず相談を)

² 依存症対策全国センター: 身近な人がギャンブル依存症なのでは?と心配な方へ

³ グレイス・ロード回復施設「インタベンションについて」(否認の病と専門家による介入)

公明新聞: ギャンブル依存症〝やめられない病〟と闘う(上)<家族の共依存と回復の条件>

厚生労働省: 保健所・精神保健福祉センターにおける依存症相談支援(専門職の対応)

グレイス・ロード回復施設: インタベンション導入事例(家族の堂々巡りを打開)

横浜市 依存症対策「ご家族の皆様へ」(まず家族が専門機関に相談を)

依存症対策全国センター: 家族の対応ポイント(否認の病への働きかけ方)

横浜市 依存症家族ガイド「本人への関わり方を学ぶ」(怒りや責めは逆効果)

¹⁰ 横浜市 依存症家族ガイド「家族ができること」(借金の肩代わり等の世話をやめる意義)

¹¹ 横浜市 依存症家族ガイド「家族ができること」(本人をコントロールしようとしない重要性)

¹² 横浜市 依存症家族ガイド「家族ができること」(実行しない脅しは逆効果)

¹³ 医療法人十全会 聖明病院: 「ギャンブル依存症とは」(家族へのアドバイス)

¹⁴ ASKヒューマンケア: 『CRAFT-アルコール・薬物・ギャンブルで悩む家族のための7つの対処法』紹介ページ

¹⁵ 藍里病院・吉田精次「CRAFTによる家族の介入方法」(PREVENTION No.260 講演抄録)

¹⁶ 依存症対策全国センター: 自助グループ(ギャマノンの紹介)

¹⁷ 厚生労働省 依存症対策「家族会・自助グループとは」

¹⁸ 横浜市 依存症家族ガイド「家族自身のケアを大切に」

¹⁹ 横浜市 依存症家族ガイド「家族が巻き込まれる悪循環」

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