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5年間再発なしを続ける元ギャンブル依存症者の生活と教訓

はじめに:依存症との闘いの始まり

私はギャンブル依存症から立ち直り、5年間再発(スリップ)なく生活を続けている元当事者です。振り返れば、当初は自分が「依存症」だとは認められませんでした。ギャンブルによる借金や人間関係の悪化が明白になっても、「意志が弱い自分のせいだ」と思い込んでいたのです。しかし現在では、ギャンブル依存症はれっきとした精神疾患であり、誰にでも起こり得る「病気」であると理解しています 。事実、世界保健機関(WHO)でもギャンブル依存症(ギャンブル障害)は行動嗜癖(behavioral addiction)として位置づけられ、個人や家族・社会生活に支障をきたす少数のケースが問題になるとされています 。日本でも2018年に「ギャンブル等依存症対策基本法」が施行され、問題の深刻さが認識され始めました。厚生労働省の調査によれば、日本の成人の約2.2%(男性3.7%、女性0.7%)にギャンブル依存症の疑いがあり 、これは約220万人にも上る計算です 。この数字は国内の関節リウマチ患者率と同程度であり、決して稀な疾患ではありません 。私はその「220万人」の一人でした。

ギャンブル依存症とは、ギャンブルにのめり込んで自分で行動を制御できなくなる状態を指します 。経済的・家庭的・社会的に深刻な問題が生じても賭け事をやめられない点で、アルコールや薬物の依存症と共通する病理を持つとされています 。実際、アメリカ精神医学会の診断基準DSM-5でも、ギャンブル依存症(ギャンブル障害)はアルコール・薬物依存症と同じ「物質関連障害および嗜癖疾患群」に分類されました 。DSM-5では過去12か月間に以下の9項目のうち4つ以上が当てはまる場合にギャンブル障害と診断されます 。例えば「興奮を得るため賭け金を増やす」「やめようとすると落ち着かずイライラする」「繰り返し禁ギャンブルを試みても失敗する」「負けを取り返そうとさらに賭け続ける」などが挙げられ、重症度は該当項目数で軽度~重度に分類されます 。私はこれらの症状に悉く心当たりがありました。振り返れば、給料や貯金をすべてパチンコにつぎ込んでは借金を重ね、「もうやめる」と誓っても翌日にはまたホールに通う日々。勝っても興奮は続かずさらに高額を賭け、負ければ取り返そうとして泥沼にはまるという悪循環に陥っていたのです。ギャンブル中心の生活により仕事は疎かになり、家庭では嘘と隠し事を重ねて信頼を失いました。このように問題が深刻化してもやめられないのが依存症の特徴であり、もはや本人の意志の強さ・弱さの問題ではありません 。専門家によれば、ギャンブル依存症は脳内の報酬系を介したドーパミン過剰分泌によって快感と興奮が強化される「脳の病」であり、意思の力だけでは制御が難しくなることが分かっています 。私自身、治療を受ける中で「これは意志が弱い人間が陥る道楽ではなく、脳の仕組みに起因する病理なのだ」と知り、目から鱗が落ちる思いがしました。

「底つき」経験と治療への第一歩

どんな依存症にも「底つき(ボトム)」の経験があります。それは本人が心底「もう変わらなければいけない」と自覚する転機です。私の場合、借金が数百万円に達し、家族から完全に見放されかけたことが転機となりました。5年前、消費者金融からの取り立てと妻からの別居通告が同時に押し寄せ、ようやく自分の問題と真剣に向き合う決心をしたのです。ギャンブル依存症は適切な治療を受ければ回復可能な病気だという知識はありました が、当時の私は「どこに相談すればいいのか」すら分かりませんでした。幸いにも行政の相談窓口に連絡したところ、専門医療機関と自助グループを紹介されました。依存症治療の専門施設は全国の各都道府県に設置された精神保健福祉センターなどにあり、依存症治療拠点病院も限られますが存在します 。私は地域の精神保健福祉センターに電話し、そこで紹介された依存症専門外来を受診しました。

精神科医の診断でも「ギャンブル障害」と正式に告げられ、治療プログラムへの参加を勧められました。正直、最初は戸惑いもありましたが、「これは自分だけでは治せない」という事実を受け入れることが回復への第一歩でした。治療チームからは、まず金銭管理の徹底を指導されました。具体的には、毎月の収支を家族と一緒にチェックし、自分が自由に使えるお金を最低限に制限する取り組みです。ギャンブルに手を出せる余地を物理的になくすため、クレジットカードを解約し、給与振込口座も家族管理に変更しました。併せて、ギャンブル環境からの距離を置く工夫も始めました。例えば、通勤経路を変更してパチンコ店の前を通らないようにし、競馬中継やギャンブル関連のテレビ番組は見ないようにしました。スマートフォンにはオンラインカジノや賭博サイトへのアクセス制限をかけ、誘惑の芽を可能な限り排除しました。医師からも「環境調整は再発防止の基本」と助言されましたが、その通りだと思います。実際、治療の初期段階では強烈なギャンブル渇望(クレイビング)に何度も襲われました。しかし、賭博の誘惑に晒される機会を減らすことで「賭けずにやり過ごす」成功体験を積み重ねられたのです。厚生労働省も「まずは今日一日、ギャンブルをしないことから始めましょう」と提唱しています 。私もまさに一日一日を乗り越える思いで断ギャンブルを継続しました。その積み重ねが1週間、1か月と延び、やがて「今日で断って○年」という自信につながっていきました。

治療開始当初、主治医から「ギャンブル依存症に特効薬は存在しない」ことを説明されました。アルコール依存症では渇望抑制薬が試される例もありますが、ギャンブル依存症に有効な薬物療法はいまだ確立されていません 。仮に薬で衝動を抑え込めたとしても、長年ギャンブル最優先で生きてきた中で生じた様々な問題—例えば積み重なった嘘や罪悪感、未解決の借金、崩壊した人間関係など—は薬では解決できないからです 。そのため私の場合も、治療の中心は心理療法(カウンセリング)と自助グループ参加になりました。

心理療法による自己理解のプロセス

私は週1回、専門の認知行動療法(CBT)プログラムに通い始めました。CBTでは、ギャンブルへの欲求をやり過ごすための具体的な対処スキルや、再発を防ぐ考え方・行動パターンを学びます 。たとえば「刺激やストレスを感じたときに代わりにできる健全な行動」をあらかじめリスト化しておき、衝動に駆られたらそのリストの行動(散歩や日記を書く、誰かに電話する等)を実践するといったテクニックです。またセラピストとの対話を通じて、自分の認知のゆがみに気づく作業も行いました。ギャンブル依存症の人には「ギャンブラーの誤謬」と呼ばれる典型的な考え方の偏りが知られています。これは「負けが続いているから次はきっと勝てるはず」というように、本来独立した偶然の結果に法則性を信じ込んでしまう誤った思考パターンです。私もまさに、「次こそ当たれば全て取り返せる」と都合よく信じ込み、冷静な判断ができなくなっていました。このような認知面のクセを洗い出し、現実的で柔軟な思考に修正する訓練は、再発予防に大いに役立ちました。事実、心理学研究でも賭博行為は多くの場合、現実からの“感情的逃避”の手段となっており、抑うつや不安傾向を抱える人ほどギャンブルにのめり込みやすいと報告されています 。私自身、カウンセリングを重ねる中で、自分が仕事や家庭でのストレスから逃れる手段としてギャンブルを利用していたことを思い知らされました。嫌な現実に向き合う代わりにパチンコ屋の刺激に没頭し、悩みや不安を一時的に忘れる――その積み重ねが習慣化し、いつしか自分では止められない境地に達していたのです。こうした問題の背景要因(ストレス脆弱性や衝動性の傾向など)を専門家と分析し、「ギャンブル以外にどんな対処法があり得るか」を探ったプロセスは、私にとって自己理解を深める貴重な機会でした。

さらに、治療プログラムの一環でグループミーティングによる集団療法も経験しました 。これは同じ依存症を持つ仲間同士で体験や感情を語り合う場です。他のメンバーの話を聞き、自分の経験を打ち明ける中で、自分だけが特別にダメなわけではないと実感できたことは大きな救いでした。依存症者には往々にして「自責の念」や「羞恥心」が強くありますが、自助グループや集団療法で共感し支え合うことで、そうした否定的感情が和らぐ効果があります 。私も仲間からの共感と励ましを得て、自分を過度に責めすぎず前向きに変わっていく勇気をもらえました。また、グループ内では先に回復した先輩から具体的なアドバイスを受ける機会も多々ありました。例えば「給料日は一人で銀行に行かない」「通勤バッグに現金ではなく昼食代程度の電子マネーだけ入れておく」といった工夫は、実際に先輩方が実践して効果のあった再発防止策です。そうした経験知の共有は書物や机上の知識以上に説得力があり、私もすぐに取り入れました。このように仲間との対話によって深まる内省と生き方の修正は、大きな治療効果を生みます 。専門家のカウンセリングと並行して自助グループに参加した場合、単独より回復が安定しやすいことが示唆されており 、私自身もそれを実感しました。

支援者と家族の役割:社会的サポートと再統合

私の回復過程では、専門治療者や仲間以外にも家族の支えが欠かせませんでした。とはいえ、最初から家族関係が順調だったわけではありません。妻は当初「私の意志が弱いせいだ」と考え、深刻化するまで問題を抱え込んで苦しんでいました 。実際、依存症の問題は往々にして本人より先に周囲が気づき、家族は非難や説教をしたくなるものです 。我が家でも例に漏れず大喧嘩が何度もありました。しかし専門プログラムの中で開催された家族教室に妻が参加し、「依存症は誰のせいでもなく病気である」「家族もまたサポートを必要としている」ことを学んでから、状況が好転し始めました。妻は私に対する怒りや失望の感情を専門スタッフに聞いてもらい、少しずつ心の負担を下ろしていきました。また、同じ悩みを持つ家族同士が集まる自助グループ(ギャマノン等)にも加わり、対応策の情報交換や感情の分かち合いを行いました。「家族だけで問題を抱え込まず、必要なら専門機関や自助グループにつながること」が推奨されています が、その通りだと思います。

家族の協力体制が整ってからは、具体的な再発防止策も一緒に講じました。先述の金銭管理もその一つですが、他にも生活リズムの改善があります。私は長年、仕事が終わると真っ直ぐパチンコ店に通って夜遅く帰宅する暮らしで、不健康極まりない状態でした。そこで断ギャンブル開始後は、規則正しい生活を家族と取り決めました。毎日決まった時間に夕食をとり入浴・就寝する――シンプルですが、この基本的生活習慣の安定が回復初期には極めて重要です。夜間に時間を持て余してフラッと店に行ってしまうことも防げますし、何より体調が整うことで理性を保ちやすくなります。研究によれば、ストレス対処法の習得や健康的な生活習慣の維持は再発予防に効果的だとされています 。私もジム通いや趣味のウォーキングを習慣化し、ストレスを溜めにくい心身を作るよう努めました。仕事についても、依存症克服後は残業や深夜勤務の少ない部署に異動させてもらい、生活リズムを優先しています。もちろん収入は減りましたが、生活の安定こそ最優先という価値観に変わったため不満はありませんでした。

また、妻と相談して借金問題への対応方針も決めました。以前の私は、負けが込むたびに「今回だけ助けてほしい」と妻や両親に泣きついては借金を肩代わりしてもらっていました。その度に借金帳消しになるため懲りずに繰り返した面があったのです。しかし治療者から「借金の肩代わりは本人が問題に向き合う機会を奪う」という指摘を受け 、家族は一切肩代わりしない方針に転換しました。私自身も自己破産も辞さない覚悟で臨み、結果的に親族の援助は受けずに金融業者との任意整理手続きを進めました。厳しい選択でしたが、自分の起こした問題と正面から向き合い責任を取る経験は、自分を甘やかさず回復を維持する大きな糧になったと感じています。借金返済は現在も続いていますが、計画通り着実に減らせています。

社会的な再統合の面では、職場での信頼回復も重要なテーマでした。私はギャンブルのために仕事を無断欠勤したり業務をおろそかにした過去があり、同僚からの信用を失っていました。上司には正直に依存症で治療中であることを打ち明け、理解を求めました。幸い配置転換など配慮を得られ、以降は無遅刻無欠勤で働き続けています。依存症からの回復には職場環境の安定も有利に働くとされ 、私の場合も働きやすい環境を得られたことは大きかったです。同僚にも徐々に信頼を取り戻し、今では重要なプロジェクトを任されるまでになりました。

回復5年の節目に思うのは、「人は変われる」ということです。かつて絶望的だった家庭生活も、今では平穏を取り戻しました。妻との関係は修復し、感謝を伝え合えるようになりました。子供達(当時は幼かった)は私の過去を詳しくは知りませんが、「お父さんは毎晩早く帰って遊んでくれる」と笑顔を見せてくれます。経済的にも、長年苦しめられた多重債務から解放されつつあります。浪費癖のあった私が、今では家族と家計簿をつけ節約に取り組むようになりました。社会復帰と信頼回復の道のりは決して楽ではありませんでしたが、その過程で私自身が大きく成長できたと感じています。

再発のリスクと向き合い続けること

断酒や断薬と同様に、断ギャンブルも一生の課題です。5年経った今でも、「自分はもう大丈夫」とは思っていません。統計的にも、依存症からの回復者が完全にギャンブルをやめ続けられる割合は長期では約4~6割と報告されており 、裏を返せば相当数の人が途中で再発を経験します。私自身も、ふとした日常の隙に誘惑が顔を出すリスクがあると自覚しています。特に近年はスマートフォンひとつでオンライン賭博にアクセスできてしまう時代です。実際、日本でもオンライン賭博の利用者増加が問題になっており 、コロナ禍で巣ごもり中にネット投票にのめり込むケースなど新たな課題も報告されています。それだけに、「自分は依存症である」という自覚と警戒心を持ち続けることが大切だと思います。私は今でも月に1度は自助グループのミーティングに参加し、仲間と近況を共有しています。そこで初心に立ち返ることで、「もう大丈夫」という慢心を戒められるのです。また、万一強い誘惑に駆られたときは主治医にすぐ相談する約束を家族とも交わしています。「再発したらどうしよう」という不安がゼロになることはありませんが、再発リスクと上手に付き合いながら生きていくのが回復者の道なのでしょう。

幸い、発病前には考えられないほど心の安定した日々を送れているのも事実です。ギャンブルに翻弄されていた頃、私は常に焦燥感と苛立ちに支配され、勝って天国・負けて地獄の情緒不安定な生活を送っていました。それが今では、金銭面でも時間の面でも大きなトラブルなく穏やかに過ごせています。うつ病や不安障害の症状も改善し、精神科の定期診察では「表情が柔らかくなった」と言われました。実際、ギャンブル依存症の回復に伴い、併存していた抑うつ感や不眠などが軽快するケースは多いようです 。私も治療開始当初にスクリーニングで中程度のうつ状態と診断され抗うつ薬を服用していましたが、ギャンブルを絶って半年後には薬なしで安定した気分を維持できるようになりました。ギャンブルという破壊的な快楽に頼らずとも、平凡な日常の中に喜びや充実感を見出せるようになったのです。例えば休日に子供と公園で遊ぶだけでも心から幸せだと思えますし、小さな貯金が毎月少しずつ増えていくことにも生きがいを感じられます。「普通の生活」を取り戻せたこと自体が、何物にも代え難い財産だと噛み締めています。

おわりに:再発なし5年を経て得た教訓

最後に、この5年間の経験から得た教訓をまとめたいと思います。同じ問題で苦しむ方々やそのご家族の参考になれば幸いです。

  • 一人で抱え込まない:ギャンブル依存は意思の問題ではなく病気です。専門機関への相談や自助グループ参加など、早めに人を頼ることが回復への近道になります 。
  • 環境を整える:お金や時間の使い方のルールを決め、守れない環境なら家族や支援者の手を借りましょう。ギャンブルから物理的・心理的距離を取る工夫が必要です 。
  • ストレス対処と健康管理:ストレス発散の新しい方法(運動や趣味など)を見つけ、生活リズムを整えてください 。心身の健康が保たれるほど衝動に打ち克ちやすくなります。
  • 家族も支援を受ける:家族だけで問題を抱えず、家族向けの自助グループやカウンセリングを利用しましょう 。また、経済的援助(借金肩代わり)は逆効果なので避けるべきです 。
  • 一日一日を大切に:再発防止の秘訣は「今日一日賭けないこと」に集中することです 。長期目標も大事ですが、目の前の一日を乗り越える積み重ねがやがて大きな成果につながります。

ギャンブル依存症からの回復は決して楽な道のりではありません。しかし、私が5年間断ギャンブルを続けられたように、適切な支援と本人の努力次第で必ず希望はあります。社会復帰し充実した人生を取り戻すことは可能です。大切なのは「あきらめない」ことと「つながり続ける」ことだと痛感しています。同じ悩みを持つ皆さんも、どうか孤独にならず専門家や仲間とつながりながら、一歩一歩前進していってください。私の物語と教訓が、その歩みの一助になれば幸いです。

参考文献

  1. ギャンブル等依存症でお困りの皆様へ|消費者庁
  2. 田辺等「ギャンブル依存症」を訊く|日本精神神経学会
  3. 依存症の理解を深めるための普及啓発リーフレット(令和4年度版)|厚生労働省
  4. 朝日新聞デジタル「ギャンブル依存の疑い2.2% 厚労省が初の実態調査」(2021年8月27日)
  5. WHO Addictive behaviour: Gaming and Gambling (Health Topics)
  6. ギャンブル依存症と重複しやすい精神疾患について|依存症対策全国センター
  7. ギャンブル依存症(病的賭博・ギャンブル障害)を理解し、克服への道を探る|ココラク・クリニック (精神科ブログ記事)
  8. 小河妙子「賭博行動に関する心理学的研究の展望」『精心理学研究』(2016)57巻2号, pp.200-211
  9. 久里浜医療センター「令和2年度ギャンブル障害及びギャンブル関連問題実態調査」報告書(松下幸生・他, 2021年)【京都大学教育学研究科 紀要26号15-28頁より】
  10. 原田勁吾・竹元隆洋「2回の集中内観を行った依存症者の予後調査」『内観研究』26巻1号, 2021年, pp.47-59
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