ギャンブル依存症(病的賭博、ギャンブル障害)は、単なる「意志の弱さ」ではなく医学的に認められた精神疾患です¹⁻²。米国精神医学会の診断基準DSM-5でもアルコールや薬物の依存症と同じ「嗜癖(アディクション)」のカテゴリに分類されており、ギャンブルへの強迫的な没頭と制御困難さを特徴とします¹⁻³。世界保健機関(WHO)もギャンブル障害を治療が必要な精神疾患として位置づけており、その深刻な健康被害を警告しています²⁻⁴。日本では成人の約3.6%(推計320万人)が生涯にギャンブル依存症に該当する可能性があるとの調査もあり⁴、その有病率は諸外国より高めです⁴。このようにギャンブル依存症は決して稀な問題ではなく、誰にでも起こり得る「やめられない病」なのです。本記事では、ギャンブル依存症と併発しやすいメンタルヘルス問題(うつ病、不安障害など)について、その関連性と悪循環のメカニズム、主な併発疾患の症状、そして治療・支援の方法を最新エビデンスに基づき解説します。当事者ご本人とご家族が正しく理解し、適切な対処に繋げられるよう、専門用語もできるだけかみ砕いて説明します。
ギャンブル依存症とうつ・不安障害の深い関連性
ギャンブル依存症はうつ病や不安障害と密接に関連しており、しばしば互いに因果関係を及ぼし合います⁵⁻⁷。依存症になるとギャンブル中心の生活となり、経済的・社会的に追い詰められるため、抑うつ気分や強い不安の症状が二次的に現れやすくなります⁵。実際、ギャンブル障害患者の診察場面では、不眠・食欲不振・倦怠感・体重減少といったうつや不安に由来する身体症状を訴えるケースも多いと報告されています⁵。借金や人間関係の破綻による絶望感からうつ病エピソードに陥ったり、明日への不安から不安障害(例えば全般性不安障害)を発症したりすることも少なくありません。また、ギャンブル依存症の発症メカニズムそのものが脳内報酬系(ドーパミン神経)の機能異常と関係しており、この点が「うつ病」と共通すると指摘する専門家もいます⁶。昭和大学の常岡俊昭准教授によれば、うつ病では脳内のドーパミン不足が関与しており、ギャンブル依存症も同様の脳内変化を伴うため両者は併発しやすいというのです⁶。事実、ギャンブル中は一時的に不安が和らぐため、不安障害(社交不安障害や全般性不安障害)を抱える人がその不安を紛らわす目的でギャンブルにのめり込んでしまうケースも報告されています⁷。このように精神生理学的な共通基盤(快感を得る報酬回路の異常など)と、ストレスからの一時逃避という行動上の動機が相まって、ギャンブル依存症とうつ病・不安障害は表裏一体の関係にあるのです。
さらに、ギャンブル依存症の背景要因として他の精神疾患が先行して存在する場合もあります⁸。大規模調査によれば、ギャンブル障害患者の96%が何らかの他の精神障害を併存し(共存)していたとの報告もあり⁸、しばしば「デュアル・ダイアグノシス(二重診断)」の状態になります。例えばうつ病や不安障害が先にあって、その苦痛から逃れるためにギャンブルを始め、結果的に依存症が顕在化するケースです⁸。実際、うつ病や不安障害を抱える人の半数以上(55~60%)がギャンブル問題を経験するとの調査もあります⁸。このように、精神疾患が誘因となってギャンブル依存に陥る経路も見逃せません。一方でギャンブルそのものが脳や生活にもたらす悪影響が新たな精神疾患を誘発することも多く、因果は双方向的です⁵⁻⁸。
併発がもたらす影響と悪循環のメカニズム
ギャンブル依存症と他のメンタルヘルス問題が併発すると、互いに負の相乗効果を生み出し、深刻な悪循環に陥りがちです。例えば、ギャンブルによる経済的破綻や対人関係の崩壊が強い絶望感を招き、うつ症状が悪化するとします。抑うつ状態になると意欲や判断力が低下し、「どうせ自分なんて」と自暴自棄になって再びギャンブルに手を出してしまうことがあります。それによってさらに状況が悪化し、自己嫌悪と希死念慮が深まる――こうした負のループに陥るケースは珍しくありません。実際、ギャンブル依存症の人の自殺リスクは非常に高く、研究によれば他のどの嗜癖疾患よりも自殺率が高いとの報告があります⁹。米国精神医学会(APA)は「ギャンブル障害は他の依存症よりも自殺の危険性が突出して高い」と警告しており、5人に1人が自殺未遂に及ぶとも言われています⁹。日本でも、ギャンブル依存症患者の約20%が実際に自殺を試みたとの調査結果があり¹⁰、併発する抑うつの深刻さを物語っています。
また、不安障害(全般性不安障害やパニック障害など)を併発すると、常時高い不安や緊張に晒されるため、ストレス解消のためのギャンブル衝動が一層強まる懸念があります。ギャンブルで一瞬不安が紛れても、負けが込めば再び強い不安と自己嫌悪に襲われ、さらなるギャンブルで埋め合わせしようとする――この不安→ギャンブル→不安のサイクルも悪循環の典型です⁷。併発する不安症状がパニック発作となって現れれば、仕事や日常生活にも支障を来し、それがまたストレスとなってギャンブルに走るという悪影響も考えられます。
PTSD(心的外傷後ストレス障害)との併発も注意が必要です。過去のトラウマを抱える人が、そのフラッシュバックや情緒不安から逃避するためにギャンブルにのめり込む場合があります¹¹。一方で、煌びやかな照明や賑やかな音といったギャンブル環境の刺激がPTSDの症状を誘発してしまうケースも報告されています¹¹。つまり、トラウマによる不安定な精神状態がギャンブル依存を悪化させ、依存行動がまたトラウマ反応を呼び起こすという複合的な悪循環に陥り得るのです。
このようにギャンブル依存症とメンタルヘルス問題の併発は、当事者の苦痛を倍増させ、問題解決を一層困難にします。実際、専門治療機関を受診したギャンブル障害患者では、併存症のある群の方が自殺未遂歴が有意に高い(20.0% vs 0%)との国内研究もあります¹⁰。併発により孤独感や絶望感が深まり、周囲からの理解も得られにくくなるため、当事者は「逃げ場がない」という心理状態に陥りがちです。その結果、自傷行為や自殺に至るリスクが著しく高まるわけです⁹⁻¹⁰。WHOも「ギャンブルは精神疾患の発症や自殺の増加を招く」と警鐘を鳴らしており²、ギャンブル依存症対策基本法にも多重債務や貧困だけでなく虐待や自殺の問題に及ぶと明記されています¹²。
以上のように、ギャンブル依存症とうつ病・不安障害などが併発すると、お互いが原因と結果の関係を成しながら症状を悪化させ合うという悪循環が生まれます。そのため、この二重の問題に対処するには両方の側面に目を向けた包括的な対応が不可欠です(後述)。
主な併発精神疾患とその症状・特徴
ギャンブル依存症と併発しやすい主な精神疾患として、以下のようなものがあります。それぞれの概要と症状、およびギャンブルとの関係性を見てみましょう。
- うつ病(大うつ病性障害): 強い抑うつ気分や興味・喜びの喪失、自己評価の低下、希死念慮などを主症状とする気分障害です。ギャンブル依存症との関連では、先に述べた通り経済的・社会的破綻による絶望感から重度のうつ状態に陥るケースが多々あります⁵。一方で、もともと抑うつ傾向のある人が気分の一時的な高揚を求めてギャンブルにのめり込む場合もあります⁷。実際、ギャンブル障害患者の約3割にうつ病が併存するとの報告や¹⁰、うつ病など気分障害を抱える人の約55~60%がギャンブル問題も経験するとのデータもあります⁸。うつ病を併発すると意欲の低下から治療継続が難しくなったり、自殺のリスクが一段と高まるため⁹、専門的なケアがより重要です。
- 不安障害: 不安障害は過度でコントロール不能な不安・心配が持続する一群の疾患の総称で、ギャンブル依存症との併発頻度が高い代表的なものに全般性不安障害(GAD)、パニック障害、社交不安障害などがあります。全般性不安障害では日常生活のさまざまな事柄に対して慢性的な不安と心配が続き、落ち着かない状態が続きます。こうした人は不安を紛らわせる手段としてギャンブルに依存しやすい傾向があります⁷。ギャンブルに没頭している間は不安が和らぐためですが、その効果は一時的で、後に自己嫌悪や現実への不安が倍加して戻ってきます。このためGADとギャンブル依存の併発は不安→ギャンブル→一時安心→更なる不安という悪循環に陥りやすいのです。パニック障害では予期せぬパニック発作(激しい動悸、呼吸困難、死の恐怖など)が起こりますが、ギャンブルによる慢性的ストレスが発作を誘発したり、逆に発作による生活上のストレスから逃れるためにギャンブルに傾斜する場合があります。社交不安障害(社会不安障害、SAD)は人前で極度に緊張し恐怖を感じる障害です。人付き合いに不安の強い人が、一人でできるパチンコやオンラインカジノに安息の場を求めて依存するケースも指摘されています⁷。実際、ギャンブル障害患者の約14~15%に社交不安障害やパニック障害、全般性不安障害といった不安障害が併発していたとの報告があります¹³。不安障害を併発すると常に不安感がつきまとい、ギャンブルへの衝動を駆り立てたり治療への集中を妨げたりするため、こちらも並行した治療が欠かせません。
- PTSD(心的外傷後ストレス障害): 命に関わる事故・災害や暴力被害など強烈な心的外傷体験の後に、フラッシュバック(追体験)や過覚醒、トラウマ関連の回避行動などが持続する障害です。PTSDを抱える人が嫌な記憶を忘れるためにギャンブルにのめり込むケースがあります¹¹。現実逃避としてのギャンブルは一時的に辛さを紛らわせますが、根本的な解決にはならないどころか、ギャンブルによる自己嫌悪や経済問題が新たなストレスとなりPTSD症状を悪化させる恐れがあります。また、先述のようにギャンブル環境の光や音がトラウマ反応を誘発し、パニックに陥る人もいます¹¹。ギャンブル障害患者の約12%にPTSDが見られたとの研究もあり¹³、トラウマ治療との連携が重要な併発症の一つです。
- 注意欠陥・多動性障害(ADHD): 発達障害の一種で、不注意や多動衝動性を特徴とします。衝動コントロールの困難さという点でギャンブル障害と病理的に通じるものがあり、実際にADHD患者ではギャンブル依存を併発しやすいことが知られています⁵。注意欠陥により損得勘定より刺激に飛びつきやすい、衝動的に賭けをやめられない、といった傾向が考えられます。また一部の研究では、ギャンブル障害患者の約9%にADHDが併存していたとの報告もあります¹³。ADHDを併発する場合、ギャンブルのみならず日常生活全般の管理が難しく、治療プログラムへの定着も困難になりがちです。このため必要に応じてADHD症状に対する薬物療法や生活支援も並行して行うことが望まれます。
※この他にも、ギャンブル依存症ではアルコールや薬物乱用・依存、境界性・反社会性など人格障害を併発する例、双極性障害(躁うつ病)の躁状態で浪費的ギャンブルに走る例など、様々な精神医学的問題の合併が報告されています。個々のケースで併発症は異なりますが、海外の大規模調査では少なくとも1つ以上の精神障害を併存する率は90%以上にのぼるとの指摘もあり⁸、ギャンブル依存症は複合的な問題として捉える必要があります。
精神科治療・薬物療法・カウンセリングによる対処法
ギャンブル依存症の治療では、ギャンブル行動そのものへのアプローチに加えて、併発しうる精神疾患への対処を含めた包括的な治療計画が重要です。まず、ギャンブル依存症そのものの治療の中心は心理社会的治療です。具体的には認知行動療法(CBT)が標準的な治療法として確立されており、国内外で有効性が示されています⁴。CBTでは「賭け金を増やせば勝てる」など患者が陥りがちなギャンブルに対する認知の歪みを修正し、誘惑への対処スキルや再発予防の思考法を習得します。加えて、同じ問題を抱える者同士で体験を共有し支え合う集団療法や、自分の内面と向き合う内観療法なども効果が報告されています。日本でも、専門医療機関でグループカウンセリングや家族を交えた教育プログラムを組み合わせている例があります¹⁴。
一方、薬物療法については、アルコールや薬物依存症で使われるような「渇望を抑える特効薬」は現在のところ確立していません¹⁵。抗酒剤やオピオイド拮抗薬のような明確な薬は存在せず、「ギャンブルをしたい欲求」を直接消し去る薬は2025年時点でも承認されていないのが現状です¹⁵。そのため、ギャンブル依存症そのものには薬に頼らない精神療法中心の治療が行われます。ただし、併発しているうつ病や不安障害に対しては適切な薬物療法が有効です。例えば、うつ病には抗うつ薬(SSRIなど)、不安障害やPTSDには抗不安薬や抗うつ薬、気分の不安定さが強い場合は気分安定薬や抗精神病薬を用いることがあります。これらの薬物治療によって抑うつ気分や不安症状が軽減すれば、患者はギャンブル以外の方法でストレスに対処できるようになり、依存症状の改善にも良い影響が期待できます。また近年では、依存症領域で試みられている薬剤(例えば衝動性を抑える薬や、快感物質であるドーパミンの放出を調整する薬など)がギャンブル障害に応用できないか研究も進んでいます¹⁶。現時点ではエビデンスは限定的ですが、今後薬物療法の選択肢が拡大すれば、心理療法との併用による相乗効果も期待されています¹⁶。
併発する精神疾患については、各専門科と連携した治療が重要です。例えば重度のうつ病があれば精神科医による十分な抗うつ薬投与と精神療法を行い、PTSDであればトラウマ治療の経験があるセラピストのカウンセリングを受ける、といった具合に、個々の併発症に対応したケアを並行して進めます¹⁴。このように複数の問題を抱える患者に対しては、ひとつの医療機関だけでなく多職種チーム(精神科医、臨床心理士、精神保健福祉士など)が連携して包括的に支援することが推奨されます。現に、「併発症への適切な対応なしにギャンブル依存症本体の回復は難しい」と指摘されており¹⁴、海外のガイドラインでも両方の治療を統合的に行うことが強調されています。
治療環境の整備も重要です。日本では依存症専門治療施設がまだ十分とは言えず、限られた病院に患者が集中する傾向があります¹⁴。しかし現在、国の施策として各都道府県に依存症専門医療拠点の整備が進められており、精神保健福祉センターなどで相談や紹介を受け付けています¹⁵。当事者は一人で抱え込まず、ぜひこうした専門機関に相談してみてください。また、自助グループへの参加も治療と両輪をなす重要な柱です。ギャンブル依存症者の自助グループであるギャンブラーズ・アノニマス(GA)は日本国内に200以上のグループがあり¹⁴、定期的なミーティングに参加し仲間と支え合うことで長期的な再発防止効果が期待できます¹⁴。実際、GAに真剣に取り組んだ患者は症状が安定し回復に向かったとの報告も多く、治療現場でも参加が強く推奨されています¹⁴。
ご家族による見守りと支援のポイント
ギャンブル依存症は「本人だけの問題ではなく家族の問題」とも言われます。それほど周囲のご家族に与える影響が大きく、かつ家族の関わり方次第で回復が左右される面があるからです¹⁴。実際、多くの場合ご本人より先に家族が異変に気付くとされ¹⁴、配偶者や親が借金の督促状などで問題を把握するケースが典型です。また、国の調査でも「身近にギャンブル問題のある人がいる」と答えた国民は全体の14.4%にも上るとの結果があり¹⁷、非常に多くの家族がこの問題に直面していることがわかります。ギャンブル依存症患者の配偶者自身が心の病を患う例も珍しくなく、ある臨床報告では患者65名中10名(全員妻)がうつ病など何らかの精神疾患を抱えていたというデータもあります¹⁰。このようにご家族も追い詰められやすいため、家族もまたサポートを必要とすることをまず知ってください。
では、家族は具体的にどのように関われば良いのでしょうか。最も重要なのは、本人を責めたり怒りに任せて動かそうとしないことです。依存症は意思の問題ではなく病気であり、本人を非難しても状況は好転しません¹⁸。むしろ罪悪感とストレスが高まり、さらなるギャンブルやうつ症状の悪化を招きかねません。次に大切なのは、経済的な尻拭いを安易に引き受けないことです¹⁴。例えば家族が驚いて借金を全額肩代わりし、「もうしないで」と約束させても問題は解決しません¹⁴。これは「イネーブリング(enabling)」と呼ばれる現象で、善意で尻拭いをすることで問題行動を結果的に可能にしてしまう家族側の協力行動を指します¹⁴。借金を帳消しにしてもらった本人は修羅場を見ずに済むため、一時的に反省しても本質的な解決策を身につけないまま、しばらくするとまたギャンブルを再開してしまいます¹⁴。ですから、まずは借金などの問題の責任を本人に返すことが第一歩です¹⁴。具体的には「自分で債務整理をさせる」「家計を握らせない」などです¹⁵。借金の肩代わりは回復の機会を奪う行為だと心得ましょう¹⁵。
本人が責任を突き付けられ、自力では解決できないと痛感すると、ようやく周囲の声に耳を傾けるようになります¹⁴。このタイミングを逃さず、家族は一致団結して強い姿勢で治療を勧めることが大切です¹⁴。できれば親族や信頼できる第三者も巻き込み、「これは本人の意思の弱さではなく治療が必要な病気だから、一緒に治療に取り組もう」と本人に提案する“同盟軍”を増やして説得しましょう¹⁴。ここで大事なのは、ただ「もうやめて」と誓約書を書かせるような対応で終わらせず、専門治療や自助グループへの具体的な橋渡しまで踏み込むことです¹⁴。「病気だから治療が必要」というメッセージを繰り返し伝え、実際に病院や自助会への連絡・同行など具体的行動につなげましょう。
ご家族自身も孤立しないことが重要です¹⁵。決して一人で問題を抱え込まず、各地の家族向け自助グループや支援機関に相談してください¹⁵。ギャンブル依存症者の家族団体としては「ギャマノン(Gam-Anon)」が有名で、世界中で活動しています¹⁹。国内でも100か所以上で定期的に家族の集い(ミーティング)が開かれており¹⁴、同じ悩みを持つ仲間同士で体験や対応策を共有できます。「自分だけじゃない」と分かることで心が軽くなり、健全な思考を取り戻す助けにもなります¹⁵。また、各都道府県の精神保健福祉センターや地域の保健所でも家族相談を受け付けています¹⁴。必要ならば家族だけで専門機関に相談し、プロの助言を得ることも検討してください¹⁴。
家族の適切な関わりは、本人の再発防止と回復維持に極めて有効です。ある研究では、家族が問題点を認識して接し方を変えたことで、その後1年以上ギャンブル再発が起きなかったケースが報告されており、治療における家族支援の重要性が裏付けられています²⁰。ギャンブル依存症は家族を巻き込む病気ですが、見方を変えれば家族は最良の治療協力者になり得ます。ぜひ感情的な対立を避け、正しい知識に基づいて本人を見守り支えてください。「一人で悩まず、家族で悩まず、まず相談を!」というスローガンの通り¹⁵、専門機関や自助グループと繋がり、家族全体で問題克服に取り組んでいきましょう。
最新エビデンス・ガイドラインに基づく展望
近年、ギャンブル依存症と併発精神疾患の問題に対して国内外で研究と対策が進展しています。日本では2018年に「ギャンブル等依存症対策基本法」が施行され、2019年に基本計画が策定・2025年に改定されました¹²。ここでは医療機関の整備や啓発活動の強化とともに、併発する精神疾患への対応や家族支援の充実が盛り込まれています¹⁵。実際、厚生労働科学研究による国内調査(2019~2022年度)では、ギャンブル障害患者の58.3%に精神科併存症が認められ、特にうつ病(26.7%)や不安障害(11.7%)の高率な併発が報告されました¹⁰。この研究では併存症がある群ほど治療経過中の自殺未遂率が有意に高く、治療継続率も低下する傾向が示唆されています¹⁰。こうしたエビデンスは、併発症への適切な介入が回復のカギであることを改めて裏付けています。
国際的にも、WHOが2024年に発表したファクトシートで「ギャンブルによる精神疾患や自殺のリスク増大」に言及するなど²、公衆衛生上の課題として認識が広がっています。WHOはまた、ギャンブル障害をICD-11で正式に依存症(嗜癖行動)として分類し、ゲーム依存症と並んで予防・治療体制の整備を加盟各国に促しています⁴。海外のガイドラインや研究でも、ギャンブル依存症治療において同時にうつ病・不安障害の治療を行うことが望ましいとされています。実際、カナダや欧米の専門クリニックでは精神科医とカウンセラーがチームを組み、依存症と併発症を一体的にケアするプログラムが導入されています。また、認知行動療法や動機づけ面接といった心理療法の効果検証も進み、約8~9割の患者でギャンブル行動の大幅な減少が得られたとの報告もあります²¹。
今後の課題として、治療の敷居を下げることと長期的なフォローアップが挙げられます。調査では生涯でギャンブル問題を抱えた人のうち「治療や相談につながった人はわずか1割程度」に過ぎないとの指摘もあり⁴、依存症への偏見や専門機関の不足から多くの当事者が支援を受けられていない現状があります。家族も含めて誰もが相談しやすい環境整備(地域窓口の充実、オンライン相談の活用など)と、治療中断を防ぐ長期支援システムの構築が望まれます¹⁵。幸い、基本法に基づく対策推進本部のもとで国や自治体、医療機関が連携し、相談窓口の周知や専門医療の拡充、自助グループ支援などが進められています¹⁵。エビデンスに裏付けられた包括的アプローチが普及すれば、ギャンブル依存症とそれに伴うメンタルヘルス問題から回復できる人は確実に増えるでしょう。
まとめとして、ギャンブル依存症は脳の報酬系の障害による慢性疾患であり、その陰には高い確率でうつ病や不安障害などの精神疾患が潜んでいます。併発するこれらの問題が原因にも結果にもなり得るため、両面に目を向けた対応が必要です。適切な治療と支援により、この悪循環の鎖を断ち切ることは可能です。実際、治療プログラムと家族の支援によって1年以上再発なく社会生活を取り戻したケースも報告されています²⁰。重要なのは、本人も家族も「これは意志の弱さではなく病気であり、治療すれば良くなる」と正しく理解することです⁶⁻⁷。そして一人で抱え込まずに専門家や同じ悩みを持つ仲間の力を借りることです¹⁵。ギャンブル依存症とその周辺問題は克服に困難を伴いますが、適切な治療と温かな支援があれば必ず回復への道筋が拓けます。当事者とご家族が希望を捨てず二人三脚で歩み出すことを、最新のエビデンスは力強く後押ししています。
参考文献一覧
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- Shimpre訪問看護ステーション (2023) 「ギャンブル依存症の症状と併発しやすい精神疾患」<ブログ>(ギャンブル依存症と精神疾患の密接な関連と治療の必要性)
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