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世界のギャンブル依存症対策:各国の制度と日本への示唆

ギャンブル依存症は本人や家族の生活を深刻にむしばむ問題です。日本では2017年の調査で、生涯にギャンブル依存症が疑われた人は成人の約3.6%(約320万人)にのぼり、直近1年でも0.8%(約70万人)に達すると推計されました 。これは欧米諸国と比べても高い割合であり、カジノ解禁前から既に国内で深刻な問題が存在しています。こうした中、諸外国の先進的な依存症対策を知ることは、日本の当事者・家族にとって有益な示唆となるでしょう。本記事では、米国、シンガポール、英国、スウェーデン・フィンランドの取り組みを深掘りし、それぞれの制度の仕組みや効果、課題を紹介します。併せて、日本への適用可能性や課題についても考察します。読者が具体的な行動を起こすためのヒントや、今後の制度設計の参考になれば幸いです。

目次

アメリカ合衆国:自己排除制度と州ごとの対策、民間支援機関

制度の仕組みと誕生の背景

米国では各州がギャンブル規制を所管しており、「自己排除制度(Self-Exclusion Program)」が広く導入されています。自己排除制度とは、ギャンブル依存に悩む本人が自発的に申請して、特定のカジノやオンライン賭博サイトへの入場・利用を一定期間禁止する仕組みです 。1990年代に最初はミシシッピ州などで始まり、その後多くの州に拡大しました。制度創設の背景には、依存症当事者が自らギャンブルから距離を置ける環境を整える必要性が認識されたことがあります。

各州の制度は州法や規制当局によって運営され、申請者は半年から終身までの排除期間を選択できます 。申請すると、その人物は州内の対象ギャンブル施設・サイトから退去させられ、名簿に登録されている間はマーケティング勧誘も停止されます 。例えばニュージャージー州ではオンライン賭博解禁と同時に自己排除を導入し、オンラインまたは対面カジノからの排除を選択可能にしました 。申請手続きは州ごとに異なりますが、多くの場合オンラインまたは州のゲーミング規制当局窓口で無償で行えます。

現状と導入による効果

米国の自己排除制度は広範に利用されており、その効果の一端は利用者数に表れています。例えばペンシルベニア州では2019年にオンライン賭博開始後、2023年までに累計約6,000人が自己排除を申請し、延べ2万件以上の排除リクエストが登録されました 。そのうち約21%が生涯有効の排除を選択しており、依存の深刻さからギャンブルとの完全な決別を望む人も多いことが伺えます 。ニュージャージー州でも2023年時点でオンライン賭博からの自己排除者が約1万9千人、オンラインと対面双方を対象とした者が約2千人に上ります 。申請者の約5%は永久排除を選択しています 。こうした数字から、自己排除制度は相当数の問題ギャンブラーに利用されていることが分かります。

制度の効果についての研究では、自己排除後にギャンブル頻度や支出が減少し、生活が安定したとの報告もあります。一例として、米国各州の自己排除プログラムを分析した調査では、長期(1年以上)の自己排除は短期よりギャンブル行動の減少に効果的と示唆されています 。もっとも、自己排除をしても依存状態が即座に治癒するわけではなく、カウンセリング等の併用が重要であるとも指摘されています。

制度の具体例:州ごとのユニークな取り組み

州によっては自己排除制度に独自の工夫があります。例えばイリノイ州では2002年に制度導入以来、自己排除者が州内カジノに万一入場し遊んでしまった場合、その持ち金やメダルはすべて没収され依存症対策機関に寄付されるルールになっています 。この制度により、違反時の経済的インセンティブを断ち切りつつ、そのお金を治療や予防に役立てています。実際、2022年末までに没収寄付金は累計約258万ドル(約3.5億円)に達したと報告されています 。

また近年では州をまたいだ自己排除を簡便にする試みも始まっています。複数州で自己排除リストを共有するマルチステートの自己排除プログラムや、民間企業による包括的自己排除支援アプリの導入(例えば複数州で利用できるidPay/BetBlocker等)が進みつつあります 。2023年には全米規模のオンライン自己排除システムを構築する計画も報じられ、州間でばらばらだったリストを一元化しようという動きが見られます 。

多様な民間支援機関の存在

米国では公的制度に加え、民間の支援団体やプログラムが充実していることも特徴的です。代表的なのは自助グループの「ギャンブラーズ・アノニマス(GA)」で、1957年に米国で発足して以来、12ステッププログラムを通じた自助・互助の場を提供しています。全米各地にミーティンググループがあり、日本を含む世界各国にも広がっています。また、「ギャマノン(Gam-Anon)」と呼ばれる家族向けの自助グループもあり、依存症者の配偶者や親などが集い情報共有や心の支え合いを行っています。

さらに、全米問題ギャンブル審議会(NCPG:National Council on Problem Gambling)や各州の問題賭博協議会があり、24時間対応のヘルプライン(1-800-522-4700)やチャット相談を提供しています。例えばNCPGは1972年設立の非営利団体で、予防教育や治療プログラムの開発、研修の実施など幅広い活動を行っています 。近年はスポーツ団体やカジノ企業と連携し、依存症対策基金の拠出や啓発キャンペーンも展開されています。

課題と対処策:州ごとの分断と抜け道

米国の自己排除制度は有用ですが、州ごとに制度が分断されていることが課題です。ある州で自己排除しても他州やインディアン居留地のカジノでは通用しないため、州境を越えてギャンブルを続けてしまうケースもあります。この対策として前述の全米規模のリスト統合や、少なくとも近隣州間での情報共有が求められています。また、オンライン賭博についても合法化された州と禁止の州が混在するため、違法なオフショア系オンラインカジノへのアクセスが抜け道になり得ます。VPNなどを使えば自己排除者でも海外サイトで賭博を継続できてしまうため、違法業者サイトのブロッキングや決済遮断など法的対応も検討課題です。

本人のモチベーション面も課題です。自己排除は本人の申請が前提となるため、そもそも依存に気付きにくい人や自ら申請する意思を持てない人には届きません。そこで、医療機関や家族からの働きかけで申請を促す支援や、申請手続きをより簡素化する取り組みが重要です。ニュージャージー州では自己排除申請をオンラインで完結できるシステムを導入し、申請ハードルを下げています 。また、一時的な自己禁止(クーリングオフ)の仕組みを設け、まずは短期間試してみることができる州もあります。

日本への示唆:自己排除制度と支援ネットワークの整備

米国の例から、日本が学べるポイントは多くあります。

  • 自己排除制度の全国的導入: 現状、日本の公営競技やパチンコには統一的な自己排除制度がありません(パチンコ業界の自主的な「自己申告プログラム」はあるものの店舗単位です)。全国規模で利用できる自己排除制度を法制度として整備し、オンラインも含め包括的に適用することが検討に値します。例えばマイナンバーカードを活用し、本人確認と紐づけてカジノや競馬場、パチンコ店への入場制限を行う仕組みも考えられます。
  • 家族による申請や第三者通報: 自分で申請できない重度のケースに対応するため、家族や医療機関が代理で自己排除を申請できる制度を検討すべきです。米国には法的な家族申請制度はありませんが、後述のシンガポールでは家族申請が有効に機能しています。この仕組みを日本の公営ギャンブルや今後のIRにも取り入れることで、本人保護の最後の手段として機能させることができます。
  • 民間支援団体との連携強化: 日本にもGAやギャンブル依存症問題を扱う自助グループ、医療機関がありますが、米国のように統一的なホットラインや全国協議会は発展途上です。行政主導でNCPGのようなハブ組織を育成・支援し、相談窓口の一本化や支援情報の集約を図ることが望まれます。またスポーツ団体や産業界と連携した啓発キャンペーン(米NFLがヘルプライン周知に協力した例など )も参考になるでしょう。

以上より、米国の経験は「本人の意思を尊重しつつも、制度的なセーフティネットを張り巡らせる」という教訓を示しています。自己排除制度の整備と民間支援ネットワークの強化は、日本でも早急に検討すべき課題と言えます。

シンガポール:カジノ入場料制度と家族申請排除、国家ギャンブル対策委員会(NCPG)

制度の仕組み:厳格な入場規制と排除制度

シンガポールは2010年に大型IR(統合型リゾート)としてカジノを開業しましたが、その際に世界でも厳格なギャンブル依存症対策を導入したことで知られます。中心となるのがカジノ入場料制度と排除制度(Exclusion)です。

  • 入場料制度: シンガポール国民および永住者がカジノに入場する際には、1日当たり150シンガポールドル(約1.5万円)の入場税を支払う必要があります(年間パスは3,000ドル) 。この入場料は「ギャンブルはお金のかかる娯楽であり生計を立てる手段ではない」というメッセージを込めて設定され、衝動的・習慣的な来場を抑制する効果があります 。実際2019年に入場料が100ドルから150ドルへ50%引き上げられた際も、所得水準や周辺国カジノの価格差などを考慮しつつ、「大金を失う前に思い留まらせる」抑止策として強化されています 。入場料収入は公益事業に充当され、ギャンブルによる社会的費用に還元されています 。
  • 自己・家族・自動排除制度: シンガポールにはNCPG(国家ギャンブル対策委員会)のもとで3種類のカジノ入場禁止制度があります 。一つ目は自己排除(Self-Exclusion)で、本人が申請して自らをカジノから締め出すものです。二つ目が家族排除(Family Exclusion)で、家族が問題ギャンブラーだとみなした親族について入場禁止を申請できる制度です 。本人の同意がなくても家族の申し立てでカジノ側は入場を拒否します。三つ目は自動排除(Automatic Exclusion)で、自己破産者や生活保護受給者、公営住宅の長期滞納者など経済的に深刻な事情のある人は問答無用でカジノ立入禁止とされています 。これら3つの制度により、経済的・心理的に脆弱な層がカジノでさらに破滅的な状況に陥るのを防いでいます。

加えて、カジノ訪問頻度の上限制度もユニークです。希望者またはその家族は、月あたりのカジノ訪問回数に上限(Visit Limit)を設定することもできます。例えば「月に2回まで」等を登録し、超過すると入場できなくなる仕組みです 。この訪問制限も自己・家族・第三者(NCPG判断)の3種類があり、柔軟に利用されています。

制度誕生の背景とNCPGの役割

これらの仕組みは、シンガポール政府がカジノ解禁に際して社会的影響を最小化するために導入しました。元々シンガポールは賭博に厳しい国であり、カジノ誘致には国内世論の反対も強かった経緯があります。そのため政府は「世界で最も厳しいカジノ規制」を掲げ、依存症対策を包括的に講じることでカジノ開業を正当化しました。

NCPG(National Council on Problem Gambling)は2005年に設立された政府機関で、カジノ開業に合わせて権限が強化されました。NCPGは排除制度の運用窓口となり、自己・家族排除の申請を受理してカジノ事業者に伝達します。また、全国民に向けたギャンブル依存予防教育や相談窓口の運営(ヘルプライン:電話 1800-6-668-668 等)も担っています。さらに、NCPGは指定のクリニックやカウンセリング機関と連携し、必要に応じて無料または低額のカウンセリングに繋ぐ役割も果たします 。シンガポールではギャンブル依存は精神保健の一環と位置付けられ、NCPGがハブとなって医療(精神科など)やコミュニティ支援とネットワークを形成しています。

導入による効果:統計データと評価

シンガポールの対策は一定の効果を上げていると評価されています。まずカジノ利用者に占める地元住民の割合が低く抑えられている点が挙げられます。入場料のハードルにより、気軽な頻繁通いが減ったためです。実際、政府は入場料導入の成果として「カジノ来場者数に占めるローカルの割合は想定内に収まっている」と報告しています(具体的統計は非公開ながら、観光客主体の運営が維持されている模様)。

また、排除制度の利用者数もその有効性を示します。2018年末時点でアクティブなカジノ排除者は約6万7,500人に上り、その内訳は家族申請による排除が約3万9千人(約58%)と最多、自己排除が約2万5千人、自動排除が約2,700人でした 。家族からの申請が自己申請を上回っている点は注目に値します。多くの家庭で問題ギャンブルに苦しむ人を抱え、家族主導で対策に踏み切っていることを示しています。

肝心の問題ギャンブル有病率も低水準で推移しています。NCPGが3年ごとに実施する全国調査によれば、直近2023年の「病的・問題ギャンブラー」の割合は1.1%程度で、「社会的セーフガード(各種規制)が効果を上げ、状況は安定的に管理されている」と評価されています 。ギャンブル参加率自体も低下傾向で、2017年に52%だった成人の賭博参加率が2020年に44%、2023年には40%まで下がりました 。こうした傾向から、政府当局者は「我々の取り組みにより低い問題ギャンブル率が維持できている」とし、引き続き予防に注力する方針を示しています 。

課題:違法ギャンブルへの流出と依存対策の強化策

シンガポールのアプローチにも課題は存在します。最大の懸念は、厳しい規制があるがゆえに一部の人が地下化・海外流出する可能性です。実際、近年の調査で違法オンライン賭博に手を出す人の割合が増加していることが報告されました(2020年に0.3%だったのが2023年には1.0%に上昇)とされます。この背景には、国内カジノや公式ギャンブルが規制される一方で、インターネット経由でアクセスできる海外のオンラインカジノや違法賭博サイトが存在することがあります。シンガポール政府も違法賭博サイトのブロッキングや罰則強化に取り組んでおり、NCPGや警察が連携して啓発と取締りを強めています。

また、家族申請による排除の心理的負担も指摘されています。家族が本人に無断で申請するため、後日知った本人との軋轢やトラブルが起きるケースがまれにあります。NCPGでは家族申請を実行する際、対象者に通知を出しカウンセリングを勧奨するなどフォロー体制を敷いていますが、家族側も「最後の手段」として苦渋の決断をしているのが実情です。今後は、家族申請前に利用できる介入プログラム(専門家による家庭訪問や説得プロセス)など、排除に至る前段階の支援拡充も検討されています。

加えて、カジノ以外のギャンブルに対する対策も課題です。シンガポールでは宝くじや競馬など一部公営賭博も存在します。これらはNCPGの管理下で自己排除が可能ですが、一般にはカジノほど認知されていません。近年はオンラインの賭け事(例:サッカーくじの違法サイト)も増えており、カジノ以外の領域での包括的対策が求められています。

日本への適用可能性と示唆

シンガポールの例は、法制度による強力な環境整備が依存症対策に有効であることを示しています。日本にとっての示唆をいくつか挙げます。

  • カジノ入場規制の導入: 日本でもIR整備法により日本人のカジノ入場回数制限(週3回・28日間で10回まで)や入場料6,000円が定められました 。これはシンガポールをモデルとした措置であり、今後開業する大阪IRなどで実施されます。重要なのは、この制度を形骸化させず厳格に運用することです。マイナンバーカードによる入場管理や顔認証技術を活用し、不正入場を確実に防ぐ体制を敷く必要があります。また、入場料収入の使途を依存症対策や地域の公的支援に充てることで、「ギャンブルによる利益を社会に還元する」というシンガポールの考え方を日本も採用すべきでしょう。
  • 家族申告プログラムの法制化: シンガポール同様に、家族が申請してギャンブル施設への入場・利用を止められる制度を日本でも検討できます。現在、日本のパチンコ業界では自主的に「家族申告プログラム」を運用しており、家族の申請で特定ホールを出禁措置にできます 。しかしこれは業界自主規制で強制力に限界があります。公営競技(競馬・競艇など)や今後のIRでも、法的拘束力のある家族排除制度を導入すれば、本人の意思に頼らないセーフティネットを構築できます。ただし、家族申請は最終手段であり、実施の際は専門カウンセラーの支援や事後フォローをセットにすることが望まれます。
  • 国家機関による包括的対策: 日本でも2018年に「ギャンブル等依存症対策基本法」が制定され、政府横断的な対策推進本部が置かれました 。しかしシンガポールのNCPGのように専門特化した機関が主導する体制には至っていません。日本でも省庁横断ではなく専任の委員会ないしエージェンシーを設け、予算と権限を持って対策を推進することが考えられます。この機関が排除制度の窓口、相談支援、啓発活動、研究調査まで統括すれば、縦割りを排し効率的な対策が期待できます。
  • 違法賭博への対応強化: シンガポールの教訓として、国内規制が強まると地下賭博が台頭しやすい点に留意が必要です。日本でも昨今オンラインカジノの違法営業が社会問題化しています。取り締まりと啓発を両輪で行い、「違法サイトに手を出すこと自体がリスクが高い」という認識を広める必要があります。そのためには、ISPや決済事業者と連携したサイトブロッキングや送金遮断、そして利用者への罰則強化も検討課題になるでしょう。同時に、合法的娯楽の範囲で満足できるよう公営ギャンブルの範囲内で健全に遊べる環境作り(上限設定ツールの提供など)も重要です。

以上のように、シンガポールの制度は日本にとってモデルケースとなります。「アクセス自体をコントロールする」強力な策と「家族を含めた周囲の介入」という両面から、依存症対策を講じることの有効性が示されています。日本でもカジノ解禁にあたってこれらの知見を最大限取り入れ、既存のパチンコ・公営競技にも横展開していくことが肝要です。

イギリス:オンライン自己排除「GamStop」と広告規制、資金源審査の強化

制度の仕組み:全国一元のオンライン自己排除「GamStop」

イギリス(英国)は世界でもオンライン賭博市場が大きく発達した国であり、それゆえ先進的なオンライン依存症対策を講じています。その中心が、2018年に開始された「GamStop(ギャムストップ)」です。GamStopは、イギリス国内のすべての公認オンライン賭博サイトから一括して自己排除できる全国統一のシステムです 。ユーザーは自身の氏名・住所などを登録し、6か月・1年・5年のいずれかの排除期間を選択します 。一度登録すれば、その期間中、英国賭博委員会のライセンスを持つ全てのオンラインブックメーカー、オンラインカジノ、宝くじサイト等にログインできなくなります。

GamStopは民間の独立非営利団体によって運営されていますが、英国賭博委員会(UK Gambling Commission)からオンライン事業者への参加義務付けがなされており、公的性格が強い制度です。すべてのオンライン賭博オペレーターはGamStopのデータベースにリアルタイムで照会し、登録者からの新規登録やログイン試行をブロックしなければなりません 。違反した事業者には厳しい罰金や免許停止処分が科されます。実際、過去にはGamStop未導入のまま営業していた海外事業者に対し英国でのサービス停止命令が出たケースもあります。

オフライン(リアル店舗)での自己排除制度も整備されています。例えばブックメーカーの店舗(賭け屋)では業界団体主導の「MOSES(Multiple Operator Self-Exclusion Scheme)」があり、一度申請すれば近隣地域の複数店舗からまとめて排除されます。カジノ施設についても「SENSE(Self-Enrolled National Self-Exclusion)」という全国規模の自己排除プログラムがあり、メンバーズカードを用いるカジノで共有されています。しかし利用者数や認知度の点で、オンライン利用者向けのGamStopが最も広範に機能していると言えます。

導入の背景:オンライン賭博拡大への対策

GamStop導入の背景には、オンラインギャンブル市場の急拡大とそれに伴う依存症問題の深刻化がありました。イギリスでは2005年の賭博法緩和以降、インターネットで賭けられるスポーツベッティングやオンラインカジノが合法化され、多数の事業者が参入しました。その利便性ゆえに若年層を中心にオンライン賭博依存が問題化し、2010年代には「スマホで24時間どこでも賭けられる」と社会問題視されました。

こうした流れを受け、賭博委員会や業界団体は2016年頃から全国的な自己排除制度の検討を開始。2018年にGamStopがスタートし、2019年からはすべてのオンライン業者にGamStop参加が義務化されました。制度開始当初は「自己排除中でも賭け広告メールが届く」「一部の抜け穴がある」といった批判もありましたが、その後システム改善が進み、現在では国民的にも広く認知されたツールとなっています 。2020年にはパンデミック下でオンライン賭博利用が増えたこともあり、GamStop登録者が急増しました。

効果:利用者数と評価データ

GamStopの効果は利用者数の多さに端的に表れています。2024年9月時点で、累計登録者数が50万人を突破しました 。そのうち現在有効な自己排除者は約44万人にのぼります 。これは成人人口の約1%弱に相当し、かなりの規模です。毎月数千人規模で新規登録が続いており、特に若年層の利用が増えています。2023年には新規登録の半数が35歳以下で、前年同期比で18~24歳の登録者が12%増加したとの報告もあります 。このことから、スマホネイティブ世代に自己排除ツールが受け入れられている様子が伺えます。

肝心の依存症対策効果についても、一定の裏付けがあります。GamStopの利用者調査(Ipsos社の独立評価)によれば、自己排除登録者の78%が「期待した効果が得られた」と回答し、75%が「ギャンブルのコントロール感が高まった」と感じています 。つまり大多数のユーザーにとって、実際にギャンブルから距離を置き生活を立て直す助けとなっているわけです。この調査結果は英国政府のホワイトペーパー(賭博規制見直し政策文書)でも引用され、GamStopが依存症対策の重要なインフラとして評価されています。

一方で、GamStopをすり抜ける手段も存在します。例えば、イギリス国内で禁止されても海外にサーバーを置く未認可業者(ブラックマーケット)はGamStopに未参加のため、自己排除者でもアクセスできてしまいます。英国賭博委員会はこうした無免許業者への対策も強化しており、違法サイトのブロックや利用者への警告、さらに金融機関と連携した入金規制などを進めています。市場調査では、規制強化後も全ギャンブルの約14%前後が無許可サイトで行われているとの分析もあり 、チャネル化(合法市場への誘導)向上が課題です。

広告規制の強化:未成年保護と過度な勧誘防止

イギリスはギャンブル広告規制にも積極的です。特に未成年や脆弱な層を保護する観点から、業界の自主規制と当局の規制が相次いで導入されました。主な施策としては:

  • ウォータシェッド規制: 2019年8月より、スポーツ中継におけるいわゆる「ホイッスル・トゥ・ホイッスル」広告禁止が実施されました。これは試合開始5分前から終了5分後まで、テレビで賭博広告を流さない業界自主ルールです 。この施策の結果、子供が見たギャンブル広告が97%減少し、全体としても未成年の広告露出が70%減ったとの分析が出ています 。業界団体は「未成年者の目に触れる広告を事実上排除できた」と成功をアピールしています 。
  • 広告内容の規制: 広告基準局(ASA)と賭博委員会は、ギャンブル広告に登場させてはいけない表現・人物を厳しく定めています。例えば著名なスポーツ選手や18歳未満に人気のある有名人を起用したCMは禁止されており、2022年にはサッカー選手などを賭博広告に使えなくする新規則が施行されました。また、「無料」「絶対勝てる」といったミスリード表現や、ギャンブルを人生の解決策と示唆するような文言も禁じられています。違反広告を出した場合、ASAから掲載中止命令や罰金が科され、悪質な場合は免許取り消しの可能性もあります。
  • ユース層へのマーケティング禁止: ソーシャルメディアやネット広告でも、未成年がターゲットとなり得るプラットフォームへの広告配信を業界は自粛しています。例えばYouTubeでは「18禁」に設定されたアカウントにのみCMを配信する、Twitter(現X)でも18歳以上にしか賭博広告が表示されないよう設定する等、技術的措置が取られています。

さらに2023年にはプレミアリーグ所属のサッカークラブがユニフォームの胸スポンサーから賭博会社ロゴを外すことで合意するなど、社会全体で広告との付き合い方を見直す動きがあります。こうした自主的取り組みは依存症当事者にとってトリガー刺激を減らす効果が期待できます。

資金源審査(アフォーダビリティチェック)の義務化

英国では近年、ギャンブルに投入される資金の出所や個人の経済状況を確認する義務が強化されています。これは「資金源審査」または「アフォーダビリティ(支払い余力)チェック」と呼ばれ、賭博事業者が高額ベッティング顧客に対して行う財務状況確認です。依存症対策とマネーロンダリング防止の双方を目的としており、具体的には以下のような仕組みです。

  • オンラインカジノやブックメーカーは、ある顧客が一定額以上の入金・損失を短期間に記録した場合、その人の収入源や資産状況を調査します 。2023年の賭博法ホワイトペーパーでは、24時間で£1,000(約17万円)以上負けた場合、または90日で£2,000(約34万円)以上負けた場合に強制的な詳細審査を行う提案が盛り込まれました 。さらに、月£125(約2万円)超の純損失から年£500超の損失を出した場合には、クレジットスコアの照会など「ソフトチェック」を行い、問題の兆候がないか確認する仕組みも検討されています 。
  • 資金源審査では、給与明細や銀行取引明細、納税証明などの提出を求められることがあります。正当な収入範囲を超えるギャンブルをしていないか、不正資金を賭博に使っていないかをチェックするものです。もし審査に協力しなかったり資金源が不透明だったりした場合、事業者はその顧客の利用制限や口座凍結を行います。

この義務化の背景には、過去に巨額の賭けを放置して依存症悪化や盗難金の浪費を招いた事業者が行政処分を受けた事例が相次いだことがあります。例えばある顧客が横領した金数千万円をオンラインカジノで使い果たした事件や、生活保護受給者が数万円を繰り返し賭け続け自己破産したケースなどが社会問題化しました。賭博委員会はその都度事業者に罰金を科し、「顧客の賭け金が本人の経済状況に見合っているか監視せよ」と指導してきました。その結果、事業者側も積極的にハイリスクプレイヤーのモニタリングを行うようになり、多額の賭けが検知されると自発的に連絡・聞き取りを行うようになっています。

もっとも、この資金審査義務化にはプライバシー侵害や過干渉ではないかとの反対意見もあります。イギリスのギャンブル愛好家の中には「個人の趣味に国家が介入するな」「なぜ収入証明を賭博サイトに渡さねばならないのか」と憤る声もあります。これに対し政府や専門家は、「依存症や犯罪資金の温床を防ぐために必要な最低限のチェックであり、審査は大半自動化され顧客の手間も最小限」と説明しています 。2023年に試行導入された「フリクションレス(抵抗感の少ない)審査システム」では、多くのチェックが裏で行われ顧客に追加書類提出を求めない形で実施され、90%以上の審査が顧客に気付かれず完了したとの報告もあります 。今後も技術の活用でユーザー体験を損なわない形のガードレール作りが課題となります。

日本への示唆:オンライン対策と広告規制の必要性

英国の取り組みから、日本が学べることも多々あります。

  • オンライン自己排除のインフラ構築: 日本国内でも公営競技のネット投票やオンラインくじ等が広がっていますが、縦割りで自己規制がまちまちです。英国GamStopのように、一箇所に登録すれば複数のギャンブルサービス全てを遮断できる仕組みが理想です。日本でも例えばJRA(競馬)、各競輪・競艇、toto、宝くじオンラインなどを横断して一元的に自己排除を管理できれば、依存症者が次々と種目を変えてハマることを防ぎやすくなります。また、もし将来日本でオンラインカジノを合法化する場合にも、このようなシステムは必須と言えるでしょう。
  • 広告の適正管理: 現在日本では、パチンコや公営ギャンブルの広告規制は緩やかです(射幸心をそそる表現は禁止されていますがテレビCM等も放映されています)。英国では自主規制と法規制を組み合わせて広告が誘発する依存被害を減らす工夫をしています。日本でも、例えば深夜帯以外のテレビでのギャンブルCMを控える、未成年が見る可能性のあるネット動画での宣伝手法を見直すなど、業界主導でできる施策があります。また、広告自体に注意喚起メッセージを表示する(英国では「When The Fun Stops, Stop」といった標語を表示していた時期がありました)など、見た人に一呼吸おかせる工夫も考えられます。今後日本でもカジノ関連広告が出てくる可能性がありますが、誇大宣伝や射幸的演出を厳格に取り締まる必要があります。
  • 経済状況に応じた介入策: 日本では個人のギャンブル支出に事業者が介入する発想はまだありません。しかし英国の事例が示すように、異常にのめり込んでいるサインを早期に捉えて声をかけることは、深みにはまる前に救い出す上で有効です。例えば、オンライン競馬投票サイトで短期間に高額入金を繰り返すユーザーに対し、「大丈夫ですか?」とポップアップで注意喚起したり、必要に応じて利用を一時停止したりするといった措置も検討できます。現状でも一部サイトで任意の入金限度額設定は可能ですが、任意では設定しない人も多いため、強制的チェック機能の導入議論を始めてもよい頃合いです。プライバシーとの兼ね合いはありますが、金融機関とのデータ連携やAI分析でユーザー負担を減らしつつ異常検知する技術も進んでいるため、慎重に試行する価値はあるでしょう。
  • ペナルティとインセンティブ: 英国では規制を守らない事業者への罰則が強烈で、巨額の違反金支払い事例も出ています。一方で業界全体としては、責任ある運営を行うほど社会的評価が上がるというインセンティブも働いています。日本でも、ギャンブル事業者に対し依存症対策の実施状況を評価・開示する仕組みを作り、優良な取組には表彰や認証マークを与える等のインセンティブ付けを検討できます。罰するだけでなく称える枠組みを取り入れることで、事業者自ら対策に投資・工夫する動機を高めることができます。

英国の経験は、オンライン環境での依存症対策と広告・マーケティング面でのアプローチという、日本でこれから本格化しそうな課題に先手を打つものです。日本もこれらを教訓に、デジタル時代に即した依存症対策を講じていく必要があります。

北欧(スウェーデン・フィンランド):国家主導のギャンブル管理と自己排除一元化システム

背景:北欧に共通する国家運営モデル

北欧諸国は伝統的にギャンブル(賭博)産業を国家が厳格に管理・運営してきた歴史があります。特にスウェーデンやフィンランドでは、近年まで国営企業による独占運営が基本で、民間カジノや外国事業者の進出を認めていませんでした。こうしたモデルは利益より公共の福祉を優先する理念に基づいており、国が収益を得つつも賭博の害を最小化することを目指しています。

しかしEUの市場規律などもあって、スウェーデンは2019年に体制を転換し、ライセンス制による民間参入を認めました。一方フィンランドは現在も国営独占を維持しています(※2025年以降にライセンス制移行を検討中)。いずれにせよ両国とも、オンライン賭博への国家の関与が強く、同時に包括的な自己排除システムを構築している点で共通しています。

スウェーデンの「Spelpaus(スペルポウス)」:全国統一の自己排除登録

スウェーデンは2019年1月の賭博市場再編に合わせて、「Spelpaus.se(プレイ休止)」というオンライン自己排除ポータルを開設しました 。これは全国のライセンス取得済み賭博サイト・店舗すべてに適用される自己排除登録サイトです。利用者はSpelpausのウェブサイトから個人番号を使って登録し、1か月・3か月・6か月・無期限のいずれかで自己排除を設定できます。一度登録すると、その期間中はオンラインカジノ、ブックメーカー、宝くじ、スロットマシン(オンライン・オフライン問わず)などあらゆるギャンブルから締め出されます 。また、宣伝メールやDMの送付も禁止されるため、誘惑の連絡も断てます 。

Spelpausはスウェーデン賭博監督庁(Spelinspektionen)が運営する公的サービスで、ライセンス事業者には接続義務があります 。開始後すぐに多くの登録があり、2022年時点で約8万人、2023年には10万人を突破しました 。国民約1000万人のうち1%が利用した計算で、非常に高い割合です。これは、スウェーデン社会で自己排除ツールが広く受け入れられていることを意味します。監督庁も広報キャンペーンを展開し、国民の65%が「Spelpausを知っている」と回答するまで認知度が上がりました 。

Spelpaus導入の効果として、依存症対策のワンストップ化が挙げられます。利用者は複数の事業者に個別対応する手間なく、一度の手続きで済みます。また事業者側も、システム連携により人的ミスなく確実にブロックできます。実際、Spelpaus導入以来、スウェーデンの有病率は一定程度安定しているとされ(2018年1.5%→2021年0.8%との報告もありますが調査手法に差異あり)、少なくとも悪化を食い止める効果があったと分析されています 。

もっとも、課題もあります。Spelpaus未参加の違法サイトが一定数存在し、自己排除者がそれらに流れるリスクです。スウェーデン政府はライセンス制導入時、「合法市場へのチャネル化率90%」を目標に掲げましたが、近年それが80~85%程度に留まり、15~20%は無許可サイトでの賭博になっているとの指摘があります 。特に魅力的なボーナスを餌にした海外サイトに一部ヘビーユーザーが流れており、監督庁は銀行送金遮断や利用者啓発を強めています。先述のSpelpaus登録10万人という数字も、裏を返せば「それだけ問題を自覚する人が多い」ことの表れであり、なぜそこまで多くの人が依存状態に陥ったのか原因分析も求められています。

フィンランドの統制モデル:強制的措置と収益より公益優先

フィンランドは2023年時点で、欧州で唯一国営賭博独占(Veikkaus社)を維持する国です。このモデルでは、ギャンブル提供者が一社のみであるため、自己排除や利用制限も一元的に管理しやすいというメリットがあります。フィンランドは近年、この利点を活かして強力な依存予防策を次々に導入しています。

  • 強制的本人確認の導入: フィンランドでは段階的にすべてのギャンブルにおける本人ID認証を義務化しました。特に問題だったスロットマシンに対して、2021年からはプレイする際に電子IDカードをかざしログインしないと回せない仕組みを導入 。これにより未成年利用を撲滅し、誰がいつどれだけ遊んだかを追跡可能にしました。結果は劇的で、国内のスロット収益は年間5億ユーロ(約700億円)減少し、台あたり売上は半減しました 。つまり、本人確認によってそれまで匿名で青天井に打ち込んでいた層が姿を消したのです。これは事実上依存症者のプレイを大幅に削減できたことを意味します。実際、2019年に40%あったスロット収益シェアは2022年には20%未満に低下し 、代わりに生活必需に回ったと推測されています。
  • 強制的賭け金・損失制限: フィンランドでは一人当たりの賭け金や損失の上限も法律で定めています。オンラインでは高速性の高いゲーム(電子カジノ等)について1日あたり500ユーロ、月2,000ユーロまでの損失制限が課され 、さらに全プレイヤーは自分自身のより低い損失限度額を設定することが義務となっています 。実店舗のスロットにも損失上限が導入されており、一定額を失うとその日はそれ以上遊べません。2019年にこのルールが導入された際は、開始直後の2か月で約10万人の利用者が損失上限に達し強制ストップがかかったとのデータがあります 。このようにシステム的にプレイを止める仕組みが功を奏し、導入以降男性・女性とも全年齢層でギャンブル支出が大きく減少したと報告されています 。
  • 自己排除とクーリングオフ: Veikkaus社は自社サービス内で完結する自己排除機能も提供しています。オンラインアカウント上で簡単に自己禁止を設定でき、一定期間アカウントロックすることが可能です。また店舗のカジノやゲームセンターでも、一度申し出れば全国の同種施設からの入場禁止処置を取ります。2021年時点で、この自己排除を利用した人は約28,400人に達したと報告されています 。これはフィンランド成人の約0.7%に相当し、かなり多くの人が自主的措置を取ったことになります 。さらに、短期の「クーリングオフ」(例えば1日24時間の一時利用停止)もワンクリックで選べるなど、気軽に休止できる環境作りが進んでいます。

フィンランド政府およびVeikkaus社は、「これらの対策は売上にマイナスだが、公共福祉のために必要なコスト」と明言しています。実際、強力な規制の結果、Veikkaus社の総売上は年々減少傾向にあり、その分公益事業への収益配分も減っています。しかし国民の世論としては「それでよい、依存症や多重債務が減るならば収益減は問題ない」というコンセンサスがあるようです。ある調査では、国民の多くが「ギャンブル提供者はもっと厳しく規制されるべき」と回答しており、収益よりも社会的コスト削減を重視する価値観が伺えます。

課題:チャネル化と国営モデルの転換期

北欧モデルにも課題があります。スウェーデン同様、フィンランドでも国営独占の網から漏れる海外事業者の存在が問題です。国民は法律上国外サイトで賭博しても処罰されないため、規制の緩い欧州他国のオンラインカジノにアクセスする人が一定数います。これに対してフィンランド政府は銀行に依頼して特定賭博サイトへの送金をブロックする措置を2023年から開始しました。しかし技術的に完全遮断は難しく、完全解決には至っていません。

また、国営独占モデル自体の見直し議論も出ています。EUの競争原理に合わないこと、違法サイトの存在などを理由に、2027年までにライセンス制へ移行する案が検討されています 。もし民間参入が始まれば、現在のような強力な一元管理は難しくなる可能性があります。ただ、フィンランド政府は「ライセンス制に移行しても、現在Veikkausが採用しているような厳しい認証・限度額システムを全事業者に義務付ける」としています 。つまり、国営からマーケット制に移っても、制度設計で北欧型のセーフガード精神を維持する方針です。

日本への示唆:強制力ある管理と「損して得取れ」の発想

北欧の事例から、日本が得られる示唆も明確です。

  • 本人確認の徹底: パチンコやパチスロに代表される日本のギャンブルは匿名でできてしまうため、年齢確認や自己排除が機能しない状況です。フィンランドのようにマイナンバーカードや指紋認証を使って遊技機やオンライン賭博へのログインを必須にすれば、年齢詐称防止だけでなく、依存者の自己排除やプレイ記録の追跡も容易になります。もちろん個人情報保護の観点から慎重な設計が必要ですが、依存症対策とマネロン防止の観点から、ギャンブル参加者の実名確認は避けて通れません。日本でも将来的に検討が必要でしょう。
  • 損失限度額・時間制限の設定: 日本では一部のオンライン公営競技で任意の入金上限設定機能がありますが、利用は本人任せです。北欧にならい、強制的な損失額や利用時間の上限を制度化することも選択肢です。例えば「パチンコは1日○円負けたらその日は強制終了」「オンライン競馬は月に○万円までしか購入できない」等です。これは一見厳しいようですが、フィンランドではこれにより破滅的な浪費を防ぎ多くの人を救いました。適度なラインを科学的データから設定し、超過時には冷却期間を置かせる仕組みは、日本のギャンブルにも導入を検討すべきです。
  • 収益よりも社会的利益を優先: 北欧諸国の姿勢で特筆すべきは、ギャンブル収益の減少を受け入れてでも依存症対策を優先する倫理観です。日本でも国・自治体の財政や産業振興の面でギャンブルは無視できない存在ですが、それ以上に国民生活の安定が重要です。「儲けより人命・生活」を合言葉に、必要な規制には踏み込む政治的意思が求められます。例えば貸金業法では多重債務問題から上限金利の引き下げが行われ業界収益は減りましたが、結果的に社会全体の利益となりました。ギャンブルも同様に考えるべきです。
  • 一元的自己排除とデータ活用: 日本でも将来、北欧型に全ギャンブル事業を一つのIDで管理し、データを集中させることができれば、依存傾向の早期発見や個別対応が可能になります。各人の賭博頻度や総損失額を追えるようになれば、危険信号が点滅した時点で警告したり、相談を勧めたりできます。今は個人情報や業態の壁で分断されていますが、プライバシーに配慮しつつ匿名化データを分析するなど、できる範囲からデータドリブンな対策を始めることも重要です。

北欧の教訓は、「強制力あるセーフティネットを敷くことで、結果的に国民を救える」という点にあります。日本では自主性尊重の文化から強制策には抵抗もありますが、こと依存症対策においては国家的介入が必要な場合もあると認識する必要があります。

日本への提言:当事者・家族が活かせる制度設計へ

以上、米国・シンガポール・英国・北欧の事例を見てきました。それぞれアプローチは異なりますが、共通しているのは「制度(ルール)による環境整備」と「支援ネットワークの充実」が両輪となっていることです。最後に、日本の当事者や家族がこれらを踏まえて取れる行動や、制度設計への提言をまとめます。

  • 自己排除制度の活用と要求: 現在日本には統一的な自己排除制度はありませんが、パチンコ業界の「自己申告・家族申告プログラム」 や、公営競技ごとのネット投票一時停止機能など、部分的な仕組みは存在します。当事者や家族はまず利用可能な自己排除・利用制限措置を積極的に活用してください。また、それだけでは不十分な場合、事業者や行政に対し制度の拡充を要望する声を届けることも大切です。例えば依存症当事者や家族の団体を通じて、統一自己排除システムの構築を国に働きかけることもできます。
  • 家族による介入: 家族はシンガポールや日本のプログラムを参考に、迷わず施設側に相談・申告する勇気を持ってください。「本人に黙ってパチンコ店に出入り禁止を申し込む」ことも選択肢です 。罪悪感を覚えるかもしれませんが、依存症はれっきとした病気であり、適切な治療につなげるための一時的手段として必要な介入です。家族申告を検討している場合、事前に専門医や相談機関に連絡し、説得や手続きの仕方について助言を仰ぐと良いでしょう。
  • 支援団体・専門機関の活用: 米国や英国同様、日本にもGAや自助グループ、精神保健福祉センターなど相談先が各地にあります。一人で抱えず、積極的にこれらの支援を頼ることが重要です。ギャンブル依存症は意思の弱さではなく、脳の変調による疾患です。専門家の治療や仲間のサポートを受けることで、回復への道筋が拓けます。家族も孤立せず、ギャマノンなど家族会に参加して情報共有と心のケアを図ってください。
  • 政策提言への参加: イギリスや北欧の例は、世論の支持や被害者の声が制度を動かした面があります。日本でも各自治体で依存症対策計画の策定や意見募集が行われています。ぜひ当事者や家族の立場から行政のパブリックコメントやシンポジウムに意見を寄せ、具体的な施策提言をしてください。「ATMをギャンブル施設内に置かないでほしい」「オンラインゲームのガチャにも上限を」等、生の声が積み重なれば政策化につながります。
  • テクノロジーの味方につける: 皮肉にもインターネットは依存を助長する一方で、回復支援にも活用できます。自己排除アプリやサイトブロックツール(例:賭博サイトへのアクセスを遮断するフィルタリングソフト)を自ら導入する、自助グループのオンラインミーティングに参加するなど、テクノロジーを良い方向に使う工夫もしてみてください。また、家族は本人の同意が取れるならスマホにフィルターを入れる、家計管理アプリで出費を見える化する等のサポートも考えられます。

最後に強調したいのは、ギャンブル依存症は適切な対策と支援によって回復可能な問題であるという点です。世界各国の制度から得られる知見を活かし、日本でも当事者・家族がより早く安全網にアクセスできる社会を築いていくことが求められています。本人の努力だけでなく、制度と周囲の支えがあってこそ克服できることを、諸外国の事例は物語っています。日本もそうした前提に立って、「誰もが救われる仕組み」を皆で実現していきましょう。

参考文献・資料

  1. More People Are Self-Excluding From Gambling, Here’s A Look At The Numbers – Katarina Vojvodic (PlayUSA, 2023年12月) 
  2. Annex A: Information on Social Safeguards – Ministry of Home Affairs, Singapore (2019年) 
  3. Gambling rate among Singapore residents continues to fall – Ng Hong Siang (Channel News Asia, 2024年11月28日) 
  4. Gamstop registrations surpass 500,000 milestone – Robert Fletcher (iGamingBusiness, 2024年9月5日) 
  5. Whistle-to-whistle ban cuts minors’ exposure to gambling ads – iGB Editorial (iGamingBusiness, 2020年8月21日) 
  6. Affordability checks: Everything you need to know – Kyle Goldsmith (iGamingBusiness, 2024年2月26日) 
  7. Spelpaus hits 100,000 Swedish self-exclusions – Ted Menmuir (SBC News, 2023年10月30日) 
  8. The need for a safer Swedish gambling market – Sper Board (Dagens Industri, 2024年11月8日) 
  9. Veikkaus notes slots ‘turning point’ following stricter authentication – CasinoBeats (2021年11月22日) 
  10. Veikkaus RG initiative sees almost 30,000 players self-exclude – Nosa Omoigui (iGamingBusiness, 2021年3月11日) 
  11. ギャンブル依存疑い320万人:パチンコ・パチスロに月5.8万円!? – nippon.com 日本語記事 (2018年7月31日) 
  12. The Easy Way to Stop Gambling: Take Control of Your Life – Allen Carr (Arcturus Publishing, 2013年)〔※英語書籍〕
  13. Lost and Found: Help for Families Harmed by Problem Gambling – Renee Judah Sugg (2015年)〔※英語書籍〕

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