ギャンブル依存症の特徴と回復のプロセス
ギャンブル依存症(ギャンブル障害)は、自分の意思でギャンブルをやめられなくなる疾患です。単なる意志の弱さではなく、脳内の報酬系(ドーパミンを介した快感を得る仕組み)の変化によってコントロール障害が生じています 。ギャンブルをすることで脳内にドーパミンが放出され、一時的な快感や興奮が得られるため、その行動と快感が強く結びついて習慣化してしまうのです 。その結果、借金をしてでもやめられない、一日中ギャンブルのことが頭から離れないなど、日常生活や人間関係に深刻な支障をきたす状態に陥ります。
回復の過程では、「依存症は治らない」といった誤解もありますが、適切な治療と支援によって回復することは十分可能です 。しかしその道のりは直線的ではなく、回復曲線は浮き沈みがあります。多くの人は断ギャンブルを続ける中で一時的な再使用(スリップ)を経験しがちです。実際、依存症から一度もスリップせずに回復できる人の方が少ないといわれ、スリップは回復過程で非常によく起こる出来事なのです 。重要なのは、スリップしても自暴自棄にならずすぐ立ち直ることです。スリップ自体は完全な再発(リラプス)ではなく、放置してギャンブルを続けてしまうと再発につながります 。スリップは失敗ではなく「何が引き金で起こったか?次はどう対処するか?」を学ぶチャンスです 。このように試行錯誤を重ねながら、ギャンブルのない生活への移行を少しずつ定着させていくのが回復のプロセスと言えるでしょう。
再発予防に有効な習慣
再発(リラプス)を防ぎ、安定した回復状態を維持するには、日々の生活習慣を見直し整えることが不可欠です。生活リズムや環境、行動パターンを意識的に変えることで、ギャンブル衝動のトリガーを減らし、心身の健康を取り戻すことができます。以下に、ギャンブル依存症からの回復者に特に有効とされる習慣を解説します。
規則正しい生活リズムの確立
不規則な生活や暇な時間は、ギャンブルへの誘惑にさらされるリスクを高めます。そこで毎日規則正しい生活リズムを作ることが重要です。起床・就寝や食事の時間を一定にし、日中に適度な活動を計画的に入れることで、ギャンブルに費やしていた時間を健全な行動で埋めていきます。実際、依存症者向けのデイケアプログラムなどでも、平日の日中に仲間と集い決まったプログラムに参加することで生活リズムを整え、ギャンブルに頼らない生活パターンを身につけることを目指しています 。規則正しい生活は精神面を安定させる土台となり、衝動的に行動してしまうのを防いでくれるでしょう。
健全な金銭管理と計画
お金の扱い方を変えることも再発予防に直結します。ギャンブルにのめり込んでいた人は、つい手元にあるお金をすべて賭けてしまう傾向があるため、現金の管理を工夫する必要があります 。例えば「必要以上の現金を持ち歩かない」習慣は非常に効果的です。手元に現金がなければ衝動的に賭けようにも賭けられず、その間に冷静さを取り戻せます 。具体的には、持ち歩くのは最低限の生活費のみとし、クレジットカードや電子マネーも限度額を低く設定する、信頼できる家族に預ける、といった対策があります。また毎月の収支を記録・予算立てする習慣も身につけましょう。収入と支出を一覧にして把握し、ギャンブルに使っていたお金を貯蓄や必要な支払いに回す計画を立てます。これにより金銭感覚を取り戻し、借金返済や将来の目標(例えば「ほしいものリスト」を作り購入資金を貯める )へのモチベーションにもつながります。金銭管理の習慣化は自己効力感を高め、経済的な安定が心の安定にも直結します。
セルフモニタリング(自己観察)と自己管理
自分自身の状態を客観的に把握するセルフモニタリングの習慣も、再発予防に役立ちます。具体的には、日々の気分や行動、ギャンブル欲求の有無を記録する方法があります。例えば一週間の行動記録表を付けてみると、どの時間帯に暇や退屈を感じやすいか、ギャンブルしたい気持ちが出やすいタイミングはいつか、といったパターンが見えてきます 。実際の治療プログラムでも、1週間の生活リズムを書き出して「危険な空き時間」や「ギャンブル衝動が生じた場面」に印を付け、どんな状況・考えで欲求が生じたかメモするよう指導されています 。これにより自分のトリガー(引き金)となる状況を特定しやすくなり、対策を練る材料になります。また、日記やノートに「今日感じたストレス」「嬉しかった出来事」「今の気分」などを書き留める習慣も有効です。セルフモニタリングによって自分の感情や衝動に気づく力が養われ、初期の段階で対処しやすくなります。欲求が高まっていると感じたら早めに対処策を実践するなど、自己管理がしやすくなるでしょう。
睡眠・食事・運動など健康管理の徹底
心身の健康を整える基本的習慣も、ギャンブルからの回復には欠かせません。十分な睡眠とバランスの取れた食事、適度な運動はストレス耐性を高め、衝動を抑える力をサポートします。ギャンブル依存症の人は、長時間の賭博や深夜までの興奮状態により睡眠不足になったり、自分の健康を後回しにしがちです。その結果、慢性的な疲労やストレス、高血圧や心疾患などの体調不良を抱えているケースも少なくありません 。こうした不調はさらに意欲や判断力を低下させ、悪循環に陥ります。そこでまずは生活の基本リズムとして夜はしっかり寝て、朝起きたら日光を浴び、3度の食事を摂ることを心がけます。特に睡眠不足は意思決定力を鈍らせるため、毎日7時間前後の睡眠時間を確保しましょう。運動も週に数回取り入れてください。ウォーキングや軽いジョギング、ストレッチなど身体を動かすとストレスが発散され、気分転換になります。運動後の爽快感は脳にポジティブな刺激を与え、鬱々とした気分やギャンブル欲求を和らげてくれる自然の報酬です。栄養面では、野菜やタンパク質を意識して摂り、アルコールやカフェインの過剰摂取は避けます。健康的な生活習慣を整えること自体が自己肯定感を高め、「自分は変われている」という実感につながります。それがさらなる回復意欲を引き出す好循環を生み出すのです。
ギャンブルの代替となる活動を見つける
ギャンブルに費やしていた時間とエネルギーを他の有意義な活動に振り向けることは、回復において非常に重要です。「空白」を「充実」に置き換えるイメージで、新たな趣味や生きがいを探してみましょう 。代替活動は単にギャンブルの暇つぶしになるだけでなく、達成感や充実感を得られることで脳がギャンブル以外から快感を得る道筋を作り直す効果があります 。
具体的には、以下のような活動が考えられます :
- 身体を動かす活動:スポーツや軽い運動(ジョギング、ウォーキング、ヨガ、ジム通いなど)。体を動かすことでストレス解消や爽快感が得られ、脳内にエンドルフィンという快感物質も分泌されます。定期的な運動は睡眠の質も上げてくれます。
- 創作的な趣味:絵画、音楽演奏、手芸、料理、ガーデニング、写真撮影、模型作り、ブログ執筆など、何かを「作り出す」活動です。創作のプロセスは集中力を高め、完成した時の達成感は自己肯定感を育みます。例えばガーデニングで植物を育てたり、料理で新しいレシピに挑戦したりするのも良いでしょう 。
- 知的活動や学習:読書や映画鑑賞、語学学習、資格取得の勉強なども有意義です 。好奇心を満たし新しい知識を得ることで、ギャンブルに費やしていた思考を健全な方向に切り替えることができます。図書館やカルチャーセンター等を活用するのも手です。
- 社会的な活動:ボランティアや地域活動、趣味のサークルに参加してみましょう。誰かの役に立つ経験や、仲間と交流する時間は大きな充実感をもたらします。人とのつながりは孤独感を和らげ、ギャンブルへの逃避欲求を減らす効果があります。たとえば清掃ボランティアや子ども食堂の手伝い、スポーツチームのコーチ補助など、自分が取り組めそうな範囲で構いません。
- 就労支援や職業訓練:長期間ギャンブル中心の生活を送っていた場合、仕事を離れている人もいるでしょう。そのような方は、ハローワークや就労支援施設で相談し、生活リズムを整えるための就労プログラムに参加してみるのも一案です。短時間のパートやアルバイトから始めて社会復帰への足がかりを掴むことで、「ギャンブル以外に自分の居場所がある」感覚を得られます。
新しい活動を始めると最初は疲れたり退屈に感じたりするかもしれません。しかし少し続けてみると次第に楽しさが見いだせるものです。趣味を通じて生まれる小さな達成感や喜びが積み重なれば、ギャンブルに代わる生きがいがきっと見つかります 。また、新しい活動の場で知り合った人との社会的つながりは回復を後押ししてくれます 。ギャンブル以外に夢中になれるものを持つことは、渇望(クレービング)を減少させる効果が科学的にも認められており 、結果的に再発のリスク低減につながります。
自己調整に役立つ心理的スキルの活用
ギャンブル依存症からの回復では、心理的スキルを身につけて衝動やストレスに対処することも効果的です。特に認知行動療法(CBT)やマインドフルネスといったアプローチは、専門の治療場面だけでなく日常生活でも活かせる自己調整法として知られています。
認知行動療法(CBT)の活用
認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy: CBT)は、依存症治療でエビデンス(科学的根拠)のある代表的な心理療法です 。CBTでは、人がある行動を繰り返してしまう背景には「その行動によって得られる結果(報酬)を学習してしまった」ことが一因だと考えます 。例えば、「眠れない時にお酒を飲んだら眠れた」「嫌な気分の時にパチンコをしたらスッキリした」といった経験があると、知らず知らずのうちに脳は「ギャンブル(や他の嗜癖行動)=嫌な感情を和らげてくれる」「問題解決になる」と学習してしまいます 。さらに依存症者は「〇〇がないと△△できない」(例:「ギャンブルで勝たないと借金は返せない」「ストレス解消にはギャンブルしかない」)というように、その行動の効果を過大評価し信じ込んでいる傾向があります 。CBTではこうした自動的な考え方の癖や、報酬を求める行動パターンをまず認識します。
次に、引き金となる状況や感情(トリガー)、浮かんでくる考え、取ってしまいがちな行動の連鎖をクライアント自身が把握し、それに対して別の対処行動を取る練習を重ねます 。例えば「仕事帰りに給料を下ろすとその足でパチンコ屋に行ってしまう」人なら、給料日はまっすぐ帰宅して代わりに家で入念に料理をする、といった対策を計画し実行します。あるいは「負けを取り戻さなきゃ」という思考が浮かんできたら、それを書き留めて客観視し「この考えは依存症のせいだ」と受け流す、といったコーピングスキルを練習します。これらを繰り返すうちに、「ギャンブル以外にも△△でストレス解消できる」「自分はギャンブルに頼らなくても大丈夫だ」という新しい学習が脳に蓄積され、認知の修正が起こってきます 。実際にCBTを継続した人の中には、「ギャンブルをしない生活にも慣れ、自分で問題解決できる自信がついてきた」と感じるケースも多く報告されています。
CBTで身につけたスキルは、一度治療プログラムが終わればそれで完成というわけではありません。長年にわたり習慣化した思考・行動パターンを変えるには時間がかかりますが、日々意識して練習を続けることで新たな習慣として定着していきます 。例えば、衝動に駆られた際に深呼吸して10分待つ、誰かに電話して気を紛らわす、といった対処を毎回実践していると、それが徐々に「当たり前の反応」になっていくのです。CBTで学んだ技法を日常生活で使い続けることで、回復を後押しする健全なライフスタイルが築かれていくでしょう 。専門家の手引きがなくても、セルフヘルプ形式で取り組めるワークブックやガイドもあるので、治療中の方は主治医に相談してみるのも良い方法です。
マインドフルネスの活用
マインドフルネスとは、瞑想などを通じて「今この瞬間の自分の状態」に注意を向ける心の訓練法です。近年、マインドフルネス瞑想は依存症の衝動コントロールに有用である可能性が示唆されており、ギャンブル依存症の治療プログラムに組み込まれる例も増えています 。マインドフルネスでは、湧き上がる欲求や不安を評価せずに観察し、それらに巻き込まれずにやり過ごすスキルを養います。例えば強いギャンブル衝動に襲われたとき、「今、自分はギャンブルをしたいという気持ちを感じている」と客観的にとらえ、深呼吸してその感覚が弱まるのを待ちます。これはurge surfing(波乗り法)とも呼ばれるテクニックで、波のようにやってくる欲求をじっと観察しピークをやり過ごすうちに、衝動は少しずつ小さくなって消えていきます。
研究によれば、マインドフルネス瞑想を学ぶことで渇望(クレービング)への耐性が高まり、衝動的な行動を抑制する自己制御力が向上する可能性があります 。ギャンブルに限らず依存症全般でマインドフルネスの効果を検証する研究は増えており、不安や抑うつの軽減、意思決定力の改善などポジティブな結果も報告されています 。日常生活では、5分〜10分程度の簡単な呼吸瞑想から始めてみるとよいでしょう。椅子に座り背筋を伸ばして目を閉じ、自分の呼吸に意識を集中します。雑念が浮かんできたらそっと呼吸に注意を戻す——これを繰り返すだけでも心が落ち着いていくのを感じられるはずです。習慣化すればストレス対処力が高まり、ギャンブル以外の方法で情動をコントロールできるようになっていきます。また、ヨガや太極拳など身体を動かすマインドフルネス的な運動も有効です。
このほか、治療施設によってはソーシャルスキルトレーニング(SST)やグループセラピーなど様々な心理社会的アプローチが提供されています 。グループでのセラピーでは似た境遇のメンバー同士で体験を語り合い、互いに気づきを得られるのがメリットです 。自分に合った心理的スキルを積極的に身につけ、日常生活に取り入れていくことで、「賭けない自分」を支える心の筋力が鍛えられていくでしょう。
自助グループやピアサポートの活用
同じ悩みを持つ仲間との支え合い(ピアサポート)は、ギャンブル依存症からの回復を継続する上で非常に大きな力になります。「一人で頑張らなければ」と抱え込む必要はありません。専門家も「依存症者がやめ続けるにはピアサポートが基本です」と強調しています 。ここでは、自助グループや各種サポートサービスについて解説します。
自助グループへの参加
自助グループは、同じ問題を持つ当事者同士が定期的に集まり、体験や気持ちを共有し合う場です。アルコール依存症の自助グループAAと並んで、ギャンブル依存症にはGA(ギャンブラーズ・アノニマス)と呼ばれるグループがあります。GAは世界各地で活動しており、日本全国にもミーティンググループが広がっています 。参加費は無料(または会場費程度のカンパ)で、匿名で参加でき、互いのプライバシーを守るルールのもとで運営されています。ミーティングでは自らの体験を語ったり、他のメンバーの話に耳を傾けたりします。自分と境遇が似た仲間の話は心に響き、「自分だけじゃない」という安心感や勇気をもらえるでしょう。また、自分の気持ちを正直に話すことで、周囲の理解と共感を得られ、ありのままの自分が受け入れられる居場所を感じることができます。これは自己肯定感の回復にもつながります。
GAではアルコール依存症から派生した「12ステッププログラム」に沿った回復の取り組みも推奨されています。宗教的なものではなく、より良い生き方の指針として12のステップを少しずつ実践していくものです。難しく考えず、まずは集まりに顔を出してみることから始めてください。継続してミーティングに通う中で、徐々にギャンブル中心だった考え方が変化し、新しい生き方のヒントを得られるでしょう。「今日は賭けなかった」と報告し合い互いに称え合う中で、小さな成功体験が積み重なり自信も戻ってきます。
なお、ギャンブル依存症者の家族向けにはギャマノン(Gam-Anon)という自助グループも各地にあります 。家族が正しい知識を得て対応を学ぶことで、結果的に本人の回復もスムーズになるケースが多いため、家族も孤立せず支援を受けることが大切です。
ピアサポートと専門プログラム
自助グループ以外にも、回復者同士で支え合うピアサポート活動が各地で行われています。先に回復した当事者が「ピアサポーター」となり、これから回復を目指す仲間の相談相手や伴走者となってくれる制度も整いつつあります。自治体やNPOによってはピアサポートの会やプログラムが提供されているので、地域の保健所や依存症支援団体に問い合わせてみるとよいでしょう。ピア(仲間)ならではの視点で具体的なアドバイスがもらえたり、一緒に目標達成を喜んでもらえたりすることは、大きな励みになります。「自分もいつか先輩のようになりたい」という新たな目標が生まれることもあります。
また、病院やクリニックのリハビリテーション科などで実施されている依存症デイケアに参加するのも有効です。デイケアとは通院型のリハビリプログラムで、日中に決まった時間集まり、専門スタッフのもとでミーティングや講義、作業療法など様々なプログラムを受けます。デイケアでは毎日決まった時間に通所するため生活のリズムが整い、同じ悩みを持つ仲間と交流しながら社会生活のリハビリを進めることができます 。入院治療を終えた後もこのような場に継続して通うことで、断ギャンブルの取り組みを継続し、社会復帰への自信を徐々に高めることができます 。プログラムにはレクリエーションや健康管理指導、就労準備の練習なども含まれ、総合的な回復支援が受けられます。対象者は「家にいると落ち着かずギャンブルしてしまいそう」「生活リズムが乱れがち」「社会復帰に不安がある」といった方で、まさに回復初期の方には打ってつけです 。
専門機関への相談と社会的支援
回復を目指す上で、専門機関に相談することも重要な習慣と言えます。ギャンブル依存症は本人の努力だけでなく専門的な治療・支援を受ける方が格段に回復しやすくなります。お住まいの地域の精神保健福祉センターや保健所には、依存症相談の窓口があり、医療機関や自助グループの情報提供を行っています 。まずは電話や面接で相談員に現状を話し、適切な治療先や支援策を紹介してもらいましょう。また、経済的な問題(多重債務など)を抱えている場合は、消費生活センターや法テラスといった公的な相談窓口で債務整理のアドバイスを受けることもできます 。抱えている問題をそれぞれ専門の機関に相談し、早めに対処していくことで、回復への道筋がより明確になります。
日本には政府や自治体が設置した依存症ホットラインもあり、電話で気軽に相談できます。たとえば「ギャンブル依存症予防回復支援センター」では、臨床心理士等の資格を持つカウンセラーが24時間365日、無料で電話相談を受け付けています 。困ったときは一人で悩まず、こうした専門家や団体の手を借りることは決して甘えではなく、賢明な回復戦略の一部です。
習慣化の科学的知見:報酬系・行動パターン・トリガー管理
新しい生活習慣を身につけ、ギャンブルという悪習を断ち切るには、習慣化の科学に基づくアプローチが有効です。人間の行動はその約4割が無意識の習慣によって行われているとも言われます 。したがって悪い習慣を良い習慣に置き換えるには、習慣がどう形成されるかを理解し戦略的に取り組むことが大切です。
脳の報酬系と習慣ループ
私たちの脳は「報酬系」と呼ばれる神経回路を持ち、快感や喜びを感じるとその原因となった行動を強く記憶し、繰り返そうとする性質があります 。ギャンブルはこの報酬系を強烈に刺激するため、一度習慣化すると自分の意思では止めにくくなります。しかし逆に、この報酬系をうまく利用すれば良い習慣も定着させることができます。
習慣には「きっかけ(Cue)」「行動(Routine)」「報酬(Reward)」という3要素からなる習慣ループが存在します 。例えば夜寝る前(きっかけ)に歯を磨く(行動)と口の中がさっぱりする(報酬)ので、毎晩歯磨きをする習慣が身につく、といった具合です。ギャンブルの場合、「給料日や看板を見た」(きっかけ)→「店に入り賭けをする」(行動)→「勝ったときの興奮や負けたときの悔しさ」(報酬※脳にとっては興奮も一種の報酬)というループが成立していると考えられます 。
良い習慣を新たに作るには、このループを意図的にデザインすると効果的です。つまり、望ましい行動に明確なきっかけを紐付け、実行後に自分に小さな報酬を与えるのです 。例えば「朝起きたらまずコップ一杯の水を飲む」習慣をつけたいなら、前夜にコップをテーブルに用意しておき(きっかけ)、飲めたらカレンダーに○を付けて好きな音楽を1曲聴く(報酬)といった工夫をします。このように事前に「○○したら△△する」と決めておくことで意志力に頼らず行動を促進できます 。実験でも、運動習慣をつける際に「毎回運動後に小さなチョコを食べる」というご褒美を与えたグループの方が習慣化しやすかったという報告があります 。
トリガー(引き金)の管理
悪い習慣を断つには、逆にそのきっかけ(トリガー)を断つことが重要です。ギャンブルの場合、誘因となる人・場所・物・感情・時間帯など様々なトリガーが存在します 。例えば「給料日」「夕方仕事帰り」「駅前のパチンコ店の看板」「財布の中の現金」「ストレスでイライラしている時」等、人それぞれ特定の引き金があるでしょう 。一度依存が形成された脳は、この引き金を見聞きするだけで自動的にギャンブル衝動が引き起こされるようになっています 。
そこでまず自分のトリガーを把握し、可能な限りそれらに触れない工夫をします 。具体的には、通勤経路を変えてギャンブル施設の前を通らないようにする、暇な時間帯に予定を入れて「魔が差す瞬間」を作らない、ギャンブル仲間からの連絡は遮断する、給料日は一人にならないよう家族と過ごす、といった対策が考えられます。これはCBTの項でも触れたように、もっとも簡単で確実な再発予防策の一つです 。特に最初の数か月〜半年は脳が古い習慣を引きずりやすいため、環境整備に徹底して取り組みましょう。一方ですべてのトリガーを避けきることは難しいため、避けられない場合の対処法(代替行動や支援要請の手順など)も用意しておくと安心です。
小さな成功体験の積み重ね
新しい習慣を定着させるには、小さな成功体験(Small Wins)を積み重ねることがカギだとされています 。いきなり完璧を目指すより、「今日は1日ギャンブルをしなかった」「今週は朝のウォーキングを3回できた」といった些細な目標を達成する度に自分を認めてあげましょう 。厚生労働省も「まずは今日一日やめてみましょう」というスローガンを掲げており、1日単位の断ギャンブルを積み重ねることが回復と再発防止につながるとしています 。
小さな目標でも達成すれば脳内で「できた!」という報酬が得られ、次への意欲が湧きます。このポジティブなフィードバックループが習慣化を後押しします。例えば貯金の習慣をつけたいなら、最初は「毎日500円貯金する」といった少額から始め、1週間続いたら好きなデザートを食べる、といった具合に楽しみながら段階的に目標を上げていきます。スモールステップで達成感を積み上げることが結局は最速の道です。ギャンブルをやめ続けていること自体も大きな快挙ですから、カレンダーに無ギャンブルの日数を記録したり、満1週間・1か月・1年を迎えたら自分にご褒美を与えたりして、その成果を可視化しましょう。
以上のように、習慣化の科学を活用することで「やめたい」「変わりたい」という思いを現実の行動変容につなげやすくなります。脳のメカニズムを味方につけ、良い習慣を武器に回復への道を着実に歩んでいきましょう。
回復に役立つ書籍・サービス・ツールの紹介
最後に、ギャンブル依存からの回復と習慣づくりに役立つ各種リソースを紹介します。困ったときに頼れるツールや情報源を知っておくと、より安心して回復に取り組めるでしょう。
- 習慣づくりに関する書籍:習慣化のコツをわかりやすく教えてくれる本は多数出版されています。中でも有名なのは、チャールズ・デュヒッグの『習慣の力』です。この本では習慣ループの概念や「キーストーン・ハビット(要となる習慣)」の威力、小さな成功体験の重要性などが具体例とともに解説されています 。 また、ジェームズ・クリアの『Atomic Habits(邦題: アトミック・ハビッツ)』は、微細な習慣の積み重ねが大きな変化を生むことを示し、行動を環境からデザインする実践的手法を紹介しています。 その他、BJフォッグの『Tiny Habits(邦訳: 小さな習慣)』 や古川武士氏の『習慣化大全』 、メンタリストDaiGo氏の『自分を変える習慣術』など、日本語で読める良書がたくさんあります。これらの本を読むと「継続できないのは意志力の問題ではなく仕組みの問題だ」という視点が得られ、楽に習慣化するヒントが掴めるでしょう 。本だけでなく最近はYouTubeやブログ、オンラインサロンなどでも習慣形成の情報発信が盛んですので、自分に合ったメディアで知識を取り入れてみてください。
- 専門家によるカウンセリング:どうしても自力では衝動が抑えられない、家族関係や心理的問題が絡んでつらい、といった場合は、精神科医や心理カウンセラーの力を借りるのも良策です。認知行動療法に精通した臨床心理士による個人カウンセリングでは、より踏み込んだトラウマや認知の歪みへの対処、動機づけ面接による再発防止プラン作成など、オーダーメイドの支援が受けられます。医療機関であれば場合によっては抗うつ薬や抗不安薬などの薬物療法が併用されることもあります。また近年、グルタミン酸調節作用を持つN-アセチルシステイン(NAC)というサプリメントがギャンブル依存の症状軽減に効果を示したとの研究報告もあり、治験が進んでいます 。一部の依存症専門医療機関ではこうした補助的治療も検討されています。治療法について知りたい場合は主治医に遠慮なく質問してみましょう。
- サプリメントや代替療法:先に触れたN-アセチルシステイン以外にも、ビタミンやアミノ酸等の栄養サプリメントを用いて脳内の神経伝達を整え、依存症からの回復をサポートしようとするアプローチがあります。例えば日本アディクションプロフェッショナル認定協会(JCBAP)は「アミノ酸サプリメントは依存症の回復支援と維持に重要」だと述べており、栄養面から脳の機能回復を助けることを推奨しています 。具体的な製品名(※例えばレストアジンというサプリメント )も挙げられていますが、効果には個人差があるため利用する際は専門家と相談すると良いでしょう。その他、ハーブ療法や針治療、気功といった代替医療に頼る人もいます。エビデンス(科学的根拠)の確立されたものばかりではありませんが、リラクゼーション目的で取り入れてみて、主観的にストレスが軽減するなら活用しても構いません。ただし過度に依存したり高額な商品に手を出したりしないよう注意が必要です。
- インターネットやデジタルツール:スマートフォン向けのアプリにも、依存症対策や習慣記録に役立つものがあります。習慣トラッカー系のアプリを使えば、禁ギャンブル○日達成などをカウントして視覚化できます。コミュニティ機能で同じ目標を持つ人同士が励まし合えるアプリもあります。また、ギャンブルサイトやアプリへのアクセスを制限するフィルタリングソフトを導入している人もいます。スマホやPCでオンライン賭博をしてしまう方は、家族に頼んでフィルタリングを設定してもらうのも手でしょう(設定パスワードを自分で管理しないこと)。インターネット上には依存症当事者が集う掲示板やSNSグループもありますが、中には誤った情報や誘惑も混在するので公式の情報源と併せて利用してください。
- 各種相談窓口:前述の公的機関以外にも、民間団体が提供する相談窓口があります。例えば公益社団法人ギャンブル依存症問題を考える会では相談専用電話(070-4501-9625)を開設し、当事者や家族からの相談に応じています 。また「リカバリーサポート・ネットワーク(RSN) 」はパチンコ・パチスロ依存に特化したNPOで、無料電話相談を行っています。このように複数の窓口があるので、自分が話しやすいところ、信頼できそうなところにコンタクトを取ってみましょう。電話が難しければメール相談を受け付けているところもあります。
まとめ:習慣と仲間の力で新しい人生へ
ギャンブル依存症からの回復は決して容易ではありません。しかし、本記事で述べてきたように日常習慣の改善と代替活動へのシフト、そして仲間や専門家のサポートを適切に組み合わせれば、必ず回復への道は開けます。脳の仕組み上、過去の悪習が完全に消えるには時間がかかるかもしれませんが、人の脳は可塑性がありますので、新たな良い習慣が古い回路に取って代わることは十分可能です 。
大切なのは焦らず一歩ずつ進むことです。「今日一日だけ賭けない」を積み重ね、小さな成功を祝いましょう 。定期的に生活を振り返り、問題の兆候が出ていないかセルフチェックしながら、必要に応じて支援を求めることも忘れないでください。辛いときには自助グループの仲間やカウンセラーと気持ちを分かち合い、嬉しいときには家族や仲間と喜びを共有しましょう。そうした人とのつながりこそが回復の原動力になります 。
規則正しい生活の中で体力や気力が戻ってくれば、これまで見えなかった新しい目標もきっと見えてきます。ギャンブル以外の活動で得られる充実感は、時間とともにあなたの人生を豊かなものに変えていくでしょう 。習慣と代替活動の力で、ギャンブルに支配されない自由な日常を取り戻してください。回復は可能です 。あなたが今日始めた小さな一歩は、やがて大きな飛躍となって戻ってくるはずです。決してあきらめず、共に回復への道を歩んでいきましょう。
参考文献:
- 厚生労働省 依存症Q&A「依存症って治るの?」
- 厚生労働省 依存症Q&A「どうしてやめられないの?」脳の報酬系の解説
- グリーン司法書士法人公式サイト「ギャンブルを辞める方法6つ」ギャンブル依存症の脳内メカニズム
- NCASA全国依存症対策センター「もしもスリップしてしまったら」スリップの捉え方
- Consumer Affairs Agency 消費者庁「ギャンブル等依存症でお困りの皆様へ」本人にとって大切なこと
- 八幡厚生病院 デイケアおおぞら紹介:規則正しい生活リズムと仲間の重要性
- グリーン司法書士法人「ギャンブルを辞める方法6つ」現金を持ち歩かない対策
- 久里浜医療センター監修 標準治療プログラムSTEP-G テキスト:活動記録表の活用
- UCLA Health: Fong医師コメント「ギャンブル障害者はストレスや睡眠不足による健康問題を抱えやすい」
- グリーン司法書士法人「ギャンブルを辞める方法6つ」ギャンブル以外に夢中になれることを探す意義
- みんなの介護求人 ニッポンの介護学「高齢者のギャンブル依存症 対策」代替活動の提案
- NCASA全国依存症対策センター「依存症のための心理療法」CBTの有効性と手法
- NCASA全国依存症対策センター「依存症のための心理療法」CBTによる認知修正
- NCASA全国依存症対策センター「依存症のための心理療法」CBTスキルの習慣化
- NCASA全国依存症対策センター「依存症のための心理療法」その他の療法(マインドフルネス等)の提供
- SpringerOpen Asian Journal of Gambling Issues and Public Health “Mindfulness Approaches for Problem Gambling” (2017) マインドフルネス瞑想が渇望耐性向上に有用との研究
- NPO法人 全国ギャンブル依存症家族の会 ピアサポート研修会告知「依存症者がやめつづけるにはピアサポートが基本」
- 久里浜医療センター監修 標準治療プログラムSTEP-G テキスト:GA(ギャンブラーズ・アノニマス)とギャマノンの紹介
- Consumer Affairs Agency 消費者庁「ギャンブル等依存症でお困りの皆様へ」専門医療機関や自助グループへの相談推奨
- ギャンブル依存症予防回復支援センター サポートコール紹介「24時間365日無料相談」
- The Power of Habit (『習慣の力』)チャールズ・デュヒッグ:習慣ループの解説
- The Power of Habit TED要約:きっかけと報酬を意識して習慣を変える
- 久里浜医療センター監修 STEP-G テキスト「ギャンブルの引き金について」トリガーの定義
- The Power of Habit (『習慣の力』)解説記事:キーストーンハビットとSmall Winの重要性
- 日本アディクションプロフェッショナル認定協会(JCBAP)「依存症と発達障害」アミノ酸サプリメントの推奨
- Biological Psychiatry (2007) グラント他「N-アセチルシステインによる病的賭博治療パイロット研究」結果概要
- PRTimesニュース「いま1番売れてる習慣術の本『続ける思考』」等、習慣化のおすすめ本紹介
- みんチャレブログ「習慣を身につけたい人におすすめの本6選」習慣づくりは意志力でなくコツで可能との解説