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女性のギャンブル依存:シングルマザーに潜む見えにくい苦悩と回復支援

はじめに:見えにくい女性のギャンブル問題

ギャンブル依存症というと男性の問題という印象が強いですが、女性、とりわけシングルマザーも深刻な影響を受けています。日本の全国調査によれば、過去1年間にギャンブル依存が疑われる人の割合は男性で約2.8%に対し女性は0.5%と、数値上は男性より低く出ています (下図参照)。しかし数字に表れにくいだけで、女性のギャンブル問題は見過ごされがちな「隠れた苦悩」です。特に子育てと生計を一人で支えるシングルマザーの場合、問題が表面化しづらく、周囲からも気づかれにくい傾向があります。また女性本人も「母親」という立場ゆえに、人知れず悩みを抱え込みがちです。この記事では、女性のギャンブル依存の実態や背景、シングルマザー特有のプレッシャー、そして女性向けの回復支援策について、最新データや事例を交えて解説します。

男性と女性におけるギャンブル依存が疑われる人の割合(過去1年間) 。男性に比べ女性の割合は低いが、見逃されているケースも多い。

女性のギャンブル依存の現状と特徴

統計データから見ると、女性のギャンブル依存症の有病率は男性より低く抑えられています。例えば日本では、生涯でギャンブル依存が疑われる人の割合は男性6.7%に対し女性0.6%という推計もあります 。過去1年以内というスパンでも、男性3.7%・女性0.7%という報告があり 、女性の方が表面的な数は少ない傾向です。一因として、女性はギャンブルへの接触機会が男性より少ないことが考えられます。世論調査でも「この1年間にギャンブルをしたことがある」女性は28.3%で、男性(46.6%)の半数程度でした 。ギャンブルの種類にも特徴があり、女性の依存者ではパチンコへの傾斜が顕著です。ある全国調査では、問題ギャンブル傾向のある女性が「最もお金を使ったギャンブル」はパチンコが60%と最多で、次いでパチスロ16%、宝くじ16%という結果でした 。一方、男性では競馬など公営競技への参加も多く見られ、ギャンブル嗜好に男女差が伺えます。

また発症年齢や経過の性差も報告されています。欧米の研究では「男性は比較的若い頃にギャンブル問題が発現し、女性は子育て後など人生後半に始めて短期間で深刻化しやすい」と指摘されています 。国内の臨床研究でも、女性患者は男性よりギャンブル開始が有意に遅く、代わりに抑うつや不安を強く訴える傾向が明らかになりました 。これは女性がストレス解消や気分の落ち込みから逃れる手段としてギャンブルにのめり込みやすい可能性を示唆します。実際、女性は「勝つ興奮」よりも「嫌な現実を忘れる」ことを動機にスロットやオンラインゲームに没頭するケースが多いと言われます。つまり逃避型のギャンブルに陥りやすく、それゆえ依存が周囲から見えにくくなるのです。

シングルマザー特有のプレッシャーと誘因

シングルマザーは女性ギャンブル依存の中でも特に支援が届きにくい層です。まず背景にあるのが深刻な経済的プレッシャーです。日本のひとり親家庭の相対的貧困率は約48.1%と、先進国でも最悪の水準にあります 。これはシングルマザーの約2人に1人が貧困状態で生活していることを意味し、家計を支える重圧は計り知れません。フルタイムで働いても十分な収入を得られず、子どもの学費や生活費に常に頭を悩ませる日々が続きます。経済的不安に加え、育児と仕事の両立による身体的・精神的疲労も大きな負担です。国立成育医療研究センターの調査によれば、5歳以下の子を一人で育てるシングルマザーの11%が何らかの強い心理的ストレス状態にあり、同居支援のある母親や一般の母親より有意に高い割合でした 。さらに、「日常生活で悩みやストレスを抱えている」シングルマザーの中で相談相手がいない人の割合も突出しています 。このように孤立しがちな状況では、悩みを共有したり助けを借りたりすることが難しく、ストレスのはけ口としてギャンブルに手を出してしまう誘因が生まれやすいのです。

シングルマザーの抱えるプレッシャーをまとめると、次のようになります:

  • 経済的困難と将来不安: 収入不足や生活苦から「一発逆転」を狙って賭け事に希望を託してしまう。生活費や借金返済のためにギャンブルで増やそうと考えるケースもある。
  • 育児の孤独と過重な責任: 子育てを手伝ってくれるパートナーや親族がいない場合、24時間気の休まる暇がない。孤独感や「自分だけが背負っている」という心理的重圧から逃れたい思いが募る。
  • 精神的な不調: 慢性的な疲労や睡眠不足、将来への不安からうつ状態や不安障害を抱える母親も少なくない 。適切なケアを受けられないまま、自分を紛らわせる手段としてギャンブルやアルコールに走るリスクが高まる。
  • 社会的な孤立: 周囲に相談できる人がいない、頼れる人間関係が希薄だと、問題を抱え込んでしまう 。誰にも打ち明けられない秘密の娯楽としてギャンブルにのめり込み、深みにハマっても救いの手が差し伸べられにくい。

ケース例:シングルマザーが直面した現実

実際にシングルマザーがギャンブル依存に陥った事例から、その見えにくい苦悩を考えてみます。例えば、ケースAさん(40代・仮名)は小学生の子どもを育てるシングルマザーです。離婚後、慣れない仕事と育児の両立で心身ともに疲弊し、日中はパート勤務、夜は家事育児に追われる生活でした。唯一自分が解放される時間が子どもが寝た後の深夜で、スマートフォンのオンラインカジノゲームに手を出したのは「少しだけ遊ぶつもり」だったと言います。しかし、日々の孤独感とストレスから次第にプレイ時間が増え、クレジットカードで課金を重ねてしまいました。最初は数千円だった負け額がエスカレートして借金は数十万円規模に達し、返済のためにまたギャンブルに頼る悪循環に陥りました。Aさんは「誰にも言えず、一人で抱え込んでしまった。負けたときは自己嫌悪でいっぱいになるのに、苦しさから逃げたくてまたゲームを開いてしまった」と振り返っています。

別のケースBさん(30代・仮名)は幼児2人を抱える母子家庭の女性です。Bさんは日中、育児の合間にパチンコ店に通うようになりました。きっかけは近所のママ友に誘われたことでしたが、いつしか子どもを保育園に預けた隙に一人で朝から夕方まで打つ日が増えていきました。最初は少額の範囲で楽しんでいたものの、生活費が足りなくなると消費者金融から借金をするようになり、借金返済のためにさらにパチンコで取り返そうとする泥沼に陥りました。Bさんの場合、周囲で異変に気づいたのは祖母でした。迎えに行く時間になっても子どもを引き取らない日が続き、不審に思った祖母が問いただしたところ、Bさんは初めて自分がギャンブルに依存していること、借金が200万円以上にふくらんでいることを打ち明けたのです。「子どもに申し訳なく、母親失格と思われるのが怖かった」とBさんは涙ながらに語り、誰にも頼れず追い詰められていった心境が伺えます。

これらのケースから見えてくるのは、女性のギャンブル問題は周囲に気づかれにくく進行しやすいという点です。Aさんはオンラインという誰にも見えない空間で依存を深め、Bさんも一見すると「子育て熱心な母親」に映っていたため、まさかパチンコにのめり込んでいるとは周囲も思わなかったと言います。こうした事例は決して特別ではなく、日本でも報道に表れる氷山の一角があります。実際、ギャンブルに夢中になるあまり幼い子どもを車内に放置して死亡させてしまうような痛ましい事件も起きています 。背景には、「子どもよりギャンブルを優先するなんて」という世間の非難を恐れるあまり、女性たちが深刻な状況になるまで声を上げられない現状があるのです。

女性のギャンブル依存が過小報告・誤診される理由

女性、とりわけ母親のギャンブル依存が見えにくいのは、いくつかの社会的・心理的要因が重なっています。第一に、社会的ステレオタイプの存在があります。女性は家庭を守る存在、母親はギャンブルなど「不健全な遊び」と無縁であるべきという固定観念が根強く、「女性のギャンブル問題」は想定されにくいのです。そのため、たとえ本人が苦しんでいても周囲から「まさか女性が」「母親なのに?」と深刻に受け止めてもらえず、適切な支援につながりにくくなります。医療現場でも、男性の患者には借金やギャンブルの有無を確認しても、女性患者の相談では見逃されるケースがあるかもしれません。実際に日本の治療機関でのギャンブル依存症患者は男性が大半を占め 、女性は少数派であるため診断や介入が遅れやすいとの指摘もあります。

第二に、女性本人の隠蔽傾向です。特に母親の場合、「子どものためにしっかりしなければいけないのに、自分がギャンブル依存なんて知られてはいけない…」という強い罪悪感や恥の意識があります 。その結果、家族や友人にも打ち明けられず、一人で問題を抱え込んでしまいます。シングルマザーであれば、「依存症が知られたら子どもを取り上げられるのでは」という不安から専門機関への相談を拒むケースもあります。このような自己 stigma(自己烙印)は、男性の依存者以上に女性の回復を妨げる大きな壁です。

さらに近年の傾向として、女性はオンラインやプライベートな空間でギャンブルをする傾向が強いことも見逃せません 。スマホアプリやオンラインカジノ、ソーシャルゲームの課金など、他人の目につかない場所で賭け事をしていると、周囲は異変に気づきにくいのです。家にいながら深夜にスマホ画面相手に賭けていれば、外見上は「家にいる良き母親」のままでいられてしまいます。しかし水面下では借金が膨らみ、精神的に追い詰められている可能性があります。このように「周囲が察知しにくい環境」と 、「助けを求めにくい立場」 が重なることで、女性のギャンブル問題は統計以上に潜在化していると考えられます。

女性のための回復支援策と求められるアプローチ

女性のギャンブル依存に対しては、近年ようやく支援の手が差し伸べられ始めています。特にシングルマザーのように人目を気にして相談しづらい人でも利用できる、女性専用の回復支援サービスが各地で充実してきました。その一つが民間施設「オ’ハナ」です。オ’ハナは女性の依存症者だけを受け入れる回復支援施設で、アルコール・薬物・ギャンブルなど様々な依存症からの立ち直りを支援しています 。スタッフも利用者も全員女性で構成され、安全でリラックスできる環境の中、仲間とともに回復プログラムに取り組むことができます 。このような場では、母親であることを責められる心配もなく、自分の問題に正面から向き合いやすくなるといいます。

また、東京都内には女性向けデイケアプログラムを提供する「NPO法人ヌジュミ」のような団体もあります。ヌジュミではギャンブルや買い物依存、借金問題を抱える女性が無料で通所できる支援プログラムを運営し、専門スタッフや仲間とのグループミーティングを通じて回復をサポートしています 。昼間の時間帯に子どもを預けて通えるため、子育て中の母親でも利用しやすい仕組みです。

さらに、自助グループ(セルフヘルプグループ)においても女性が参加しやすい工夫がなされています。依存症本人の自助グループとして知られるギャンブラーズ・アノニマス(GA)では、通常のミーティングに加えて女性メンバーだけのミーティングも各地で開催されています 。同じ女性同士、立場や経験を共有しながら語り合える場は、孤独を感じていた依存当事者にとって大きな心の支えとなります。事実、「自分だけじゃないと分かって救われた」「男性の中では言えないことも話せた」という声が女性ミーティングでは聞かれます。また、依存症者の家族向けの自助グループ(ギャマノンなど)でも、夫のギャンブル問題で苦しんだ末に自らもパチンコに依存してしまった母親が参加し、再発防止に努めているケースがあります。専門医療機関においても、最近は依存症専門外来で女性患者や母子家庭への配慮を強めており、託児サービス付きの外来や、精神科デイケアでの子連れ参加を受け入れる取り組みも模索されています。

行政の支援策も徐々に広がっています。厚生労働省および地方自治体は、依存症相談窓口を設置し24時間対応の電話相談やオンライン相談を受け付けています 。2019年施行の「依存症対策基本法」に基づき、各都道府県で依存症支援拠点が整備され、家族教室や啓発セミナーが開催されるようになりました。ただ、女性当事者がそうした公的支援につながるまでのハードルは依然として高いのが現状です。今後、更なる周知とともに、シングルマザーが子ども連れでも安心して利用できる相談支援体制づくりが求められます。

おわりに:孤独にしない、孤独にならないために

女性のギャンブル依存、とりわけシングルマザーのケースは、本人の努力だけでは解決が難しい問題です。経済的不安や社会的孤立など構造的な困難が背景にあり、「意志が弱い」「母親失格」といった非難は問題の解決を遅らせるだけです。大切なのは、周囲が問題に気づき声をかけること、そして本人が勇気を持って専門家や支援団体につながることです。ギャンブル依存は確かに怖い病ですが、適切な治療と支援によって回復は充分に可能です 。実際に、自助グループや専門施設で立ち直り、今は同じ悩みを持つ女性たちを支える側に回っている元依存者の女性もいます。「一人じゃない」と知ることが、回復への第一歩です。もしこの記事を読んでいるあなた自身や身近な女性がギャンブル問題で苦しんでいるなら、どうか恥じることなく専門機関に相談してみてください。あなたが安心して助けを求められる場所は必ずあります。見えにくい苦悩に光を当て、孤独の連鎖を断ち切るために、社会全体で理解と支援を広げていきましょう。

参考文献・資料リスト

  1. セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン. (2021). 約2世帯に1世帯が貧困状態。日本のひとり親家庭の貧困率が高いのはなぜ?
  2. 樋口進. (2017). 国内のギャンブル等依存に関する疫学調査 (久里浜医療センター調査報告)
  3. 中央調査社. (2021). 「ギャンブルに関する世論調査」結果の概要
  4. 太田健介. (2008). 病的賭博患者の特徴:1医療機関を受診した105例の検討から. 精神神経学雑誌, 110(11), 1023–1035.
  5. 立命館大学. (2014). ギャンブルの分析と可視化に向けた基礎的検討
  6. Learning Cycle DEI Blog. (2025). 女性×ギャンブルの新たな可能性|危険な依存リスクと支援対策
  7. ギャンブラーズ・アノニマス日本. (2023). 自助グループ紹介:女性だけのミーティングも開催
  8. JapanMAC. (2023). 女性のための依存症回復支援施設「オ’ハナ」紹介
  9. ビッグイシュー基金. (2020). 依存症相談窓口ガイド(東京) – NPO法人ヌジュミ
  10. nippon.com. (2021). シングルマザーに積極的な支援を:こころの不調抱え、相談できる相手もない
  11. 神戸新聞NEXT. (2023). 暑い車内に幼児放置、パチンコに興じた母親が逮捕
  12. 厚生労働省. (2024). 令和5年度ギャンブル障害・関連問題実態調査報告(速報
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